143話 シンリー村 三
シンリー村に戻ってからは、三方に分かれ、見張りを行う。村人の様子を見ることもできる。
「ご苦労様。不安だったものだから、本当にありがたいよ。よければ、食べて」
村の老齢の女性が差し入れの果物を持ってきた。
声を出すことができない設定である僕は会釈する。
「ああ、声が……村長から聞いたよ……私が居ちゃあ、食べられないね」
彼女は申し訳なさそうに肩をすくめ、去って行った。
できれば彼女と話をしたかったが、できないので諦める。
前回の時も、村人から差し入れの食べ物をもらった。前回は知らない人から食べ物をもらったことなどなく、面食らった。
この村人達はごく一般的な人達だ。聖騎士失踪に加担しているようには思えない。
イネスとミアが言うメイの”お守り”も単にここを通った聖騎士達が落としただけの可能性もない訳ではない。
村は平和で、ゆったりとした時間が流れている。
やがて、村の中がほんの少し、騒がしくなる。元々、静かな村なので、わずかな変化だったが、気付くことができた。
村の男が僕の視線に気付き、理由を教えてくれる。
村の外から客が来たということだった。
客はあのデリアという女性を訪ねて来ているという。
気になり、僕はデリアの家へと向かった。
彼女の家の前、そこには、見知った顔があった。
兄であるウィリアムとゼールス卿の子息アーロだった。
やはり、キースの傍で魔獣を倒したのは、彼らだった。
2人の視線が僕に向く。
訝し気な2人の顔。
やがて、2人が近づいてくる。
「村人じゃないな? なぜ、こんな所にいる?」
ウィリアムが剣に手を掛けた状態で、問いかけてくる。
僕が誰なのかがわかった訳ではないようだ。
弟がこんな格好でこんな所にいるとは思わないだろう。
そして、彼らからすれば、確かに顔を隠している僕は怪しい。
村人に正体が露呈するのは拙い。兄にも今は隠しておかなければならない。
僕は声も出せない。説明できない。
「この方々は護衛としてこの村で雇っているのです。魔獣退治をされているそうです」
丁度いい所に通り掛かった村人がウィリアムに説明する。
「この方は魔獣退治で怪我を負って、声が出せないそうなんです」
「そうか。疑って悪かった」
村人の説明を聞き、納得したのか、ウィリアムはすぐに非を認めた。
僕は軽く会釈する。
グレン、イネス、ミアの3人が来なくてよかった。
彼らの姿を見れば、すぐに兄はわかるだろう。雰囲気を変えているとはいえ、顔も髪の色もそのままだ。
僕にも気付くに違いない。
本名を呼ばれては困るのだ。
扉の開く音がして、「ウィリアム! アーロ!」と2人を呼ぶ声が静かな村に響く。
僕のよく知る声。思わず、顔がにやけそうになり、気を引き締めた。
僕の目にメイが映る。
メイは大きな声を出し過ぎたと思ったのか、口を押さえ、ばつが悪そうだ。
彼女を目で追ってしまう。
ただ、メイが向かうのは、ウィリアムとアーロの元だった。
彼らは、今日はここに泊まるということを話していた。
親し気な3人の会話。
言いようのない疎外感がある。
仕方のないことだとわかっている。
メイはここにいるのが僕だと知らない。
それでも、メイと話しているのは、メイが見つめているのは僕であってほしい。
こんなに傍にいるにも関わらず、遠い。
そもそも、どうして、メイは兄とアーロと共にいるのか?
「ウィリアム、アーロ、その人は?」
メイが漸く、僕に眼差しを向ける。
「村に雇われている護衛の一人らしい」
アーロがメイに言う。
メイにまで、嘘を吐くことになり心苦しい。
「魔獣が多いから……」
メイは何とも言えない表情で、それ以上の言葉は続けなかった。
実際のところ、普通の人間では大型の魔獣を相手にするのはきつい。
倒せない訳ではない。ただ、村にも被害が出てしまう。
「メイ」
ウィリアムがメイを呼ぶ。
「デリアが入っていいって。一緒に来て。デリアとリーナが待ってる」
メイはウィリアムとアーロを連れて、デリアの家へと入って行った。




