142話 シンリー村 二
村長の家はこの村で唯一、二階建てだ。
前回、この村に来た時は、この二階部分に泊まらせてもらっていた。
村長の家を僕がノックした。
「誰だ?」
扉は閉めたままの状態で、中から低い声がした。おそらく、村長自身だ。
「魔獣退治をしているの。悪いのだけれど、今日、泊れるところはないかしら?」
イネスが扉越しに、返答する。
「……」
村長は黙ったままだ。村長の様子はわからないが、僕達を警戒しているのだろう。
しばらくすると、扉が開き、村長が姿を見せた。
「申し訳ありません。野盗の恐れもありますので、慎重になっておりました」
村長は朗らかな笑みを浮かべていた。
もっと渋られるだろうと想像していたが、意外と早く、警戒を解いてくれたらしい。
村長は僕達を家の中に招き入れ、応接室のような個室に通した。前回も来ているので、既に構造はわかっている。
僕達が勧められるまま、木製の長椅子に座ると、村長が口を開く。
「私がこのシンリー村の村長のジャック・ピーターです。魔獣退治をされているとのことですが、どのくらいされているのでしょうか?」
「そうね。2年程よ」
「ほう。では、何頭もの魔獣を退治されて来られたのでしょう。ところで、そちらの方は」
村長は僕に視線を送る。僕が素顔を見せないからだろう。
「彼は、顔と首に怪我を負って、ひどい傷がまだ残っているのよ。だから、人前では兜を外さないわ。声も出せないの」
イネスは村長に僕の設定を話す。
「そうでしたか……お気の毒に……」
「彼は気にしないわ。仕事だから」
イネスの言葉を聞き、村長は頷くと、居住まいを正す。
「この村の周辺には、何年も魔獣は出ておりません。ただ、近頃、魔獣の出現が多くなったと耳にしまして、不安に思っておりました。見ての通り、この村の護りはないに等しいのです。無理なお願いなのは承知しております。何日か、できるだけ長く、村にご滞在いただけないでしょうか。勿論、報酬はお支払いいたします」
村を囲むのは、頑強な石造りの壁などではなく、木の柵のみだ。村に大型の魔獣が出れば、一溜りもない。
ゼールス伯爵領は魔王国との境界に近いので、魔獣が多い印象だが、実際は魔獣が少なかった。その為、小さな村では護りが弱い。
以前は村の防衛の為、僕がライナスとメルヴァイナにその村への滞在を依頼した。
村では中々、警備隊もなく、防衛の為の人員がいない。
村人が不安に思うのは当然のことだ。
ただ、この近辺で聖騎士達が失踪している以上、言葉のままかは疑うべきだ。
それでも、こちらとしては、都合のいい提案でもある。
村に滞在できるのであれば、その方が調べやすい。
僕達の答えは決まっている。
「引き受けるわ。とりあえず、10日でいいかしら」
「はい、勿論です。宿泊はこの2階に部屋を用意します」
一連の事が見る間に決まった。
報酬もこんな辺鄙な村にしては割合いい。滞在中、魔獣が全く現れなくても、支払われる。
いきなり来た僕達に対して、ここまで信用できるものなのか?
元々、誰かに依頼するつもりだったか、それとも、他に僕達を留める必要があるか。判断はできない。
今日は休ませてもらうと村長に言い、食事も断り、2階の部屋に入った。
その後、僕とグレンで使う部屋へとイネスとミアが訪ねて来た後、キースへと転移した。
シンリー村を離れたくなかったが、あそこで話をすると、村人に聞かれる恐れもあった。
ルカのような高度な魔法は使えないので、こうするしかなかった。
「ひとまず、村に入り込めたわね。この後、何かしてくるかしら? むしろ、その方が手っ取り早いのだけれど」
イネスは最初から村人を疑っている口ぶりだ。
「どうだろうな。証拠がなければ――」
「もう、その兜、取ってくれないかしら? ちょっと、鬱陶しいのよ」
確かに、声は少し籠るし、視界も悪くなり、僕自身も鬱陶しい。言う通りに兜を取る。
「そうね。村人に話を聞けないかしら?」
「話を聞くなら、デリアという女性がいいと思う。メイが親しくしていた女性だ。一人で暮らしている。僕はよく思われてなかったが」
「それなら、ミアと二人で行って来るわ。女同士の方がいいでしょう」
「証言者が誰なのかということは直接、聞かない方がいい」
「わかっているわ。聖騎士の失踪のことを知っているのは不自然だものね。公にはされていないもの」
「僕はグレンと見回るふりをして、周辺を探ってみる。村の建物の配置を教えるから、イネスとミアで村の中を探ってほしい」
「それでいいわ。勿論、今夜、何もなければ、の話だけれど。こういう時、再生能力は心強いわ」
襲撃があるかのようにイネスは言う。
「再生能力は過信しない方がいいと思う。痛みは変わらずある上に、人間じゃないのが露呈する」
「それはそうだけれど、刺されて終わり、ということはなくなるわ。まあ、でも、再生能力はないという前提で行動するわよ」
「村に戻るぞ。俺もそれでいい」
グレンは面倒くさそうに言い放つ。
「ボクもです! 頑張って、探ります!」
逆にミアはやる気を漲らせていた。
無事、何事もなく、シンリー村にて朝を迎えた。
グレンと交互に警戒していたが、襲撃はなく、静かな夜だった。
部屋まで持ってきてもらった朝食を食べた後、イネスが見回りと周辺の把握をすると村長に告げた。
僕は一切、声を出せないので、不便ではある。
同様に、兜も取れない。
とはいえ、村長はすぐに快く了承した。
村長の家を出ると、イネス、ミアとは別れ、僕とグレンは村の外へ向かった。
村の周りを一周した後、徐々に村から遠ざかる。
見回りという名目の為、堂々とできる。
特に村人から見張られているということもない。
太陽が最も高くなった頃、村へと戻った。
僕達の方は収穫なしだった。
魔獣の痕跡もなく、平穏そのものだ。
僕の思い過ごしではないかと言う気になってくる。
村の教会の前にいたイネスとミアに合流し、村長の家に戻る。
お互いに収穫がないなら、特に話すことはないが、イネスは僕達に合図を送ってきた。
ここでは話せないことがあるということだ。
転移魔法で、キースに転移し、その宿にて、イネスが話し始める。
「彼女、デリアに話は聞いたわ。手がかりになるようなことは何も話さなかったけれども、彼女の家で気になる物を見たのよ」
イネスは勿体ぶった言い方をする。
僕は兜を外し、「気になる物?」と続きを促す。
「メイの”お守り”があったの。大分汚れていたけれど、間違いないわ」
「ボクもメイに見せてもらったから、間違いありません!」
イネスは淡々とした口調ながら、少し早口になっている。ミアも興奮気味だ。
「メイが彼女に贈ったものじゃないのか?」
「違うわ。あの”お守り”をセイフォードでメイに見せてもらったの。母親にもらった物だと言っていたのよ。確かに、全く同じものを2つ持っていた可能性もない訳ではないけれど、その可能性はかなり低いと思うわ」
「僕達の荷物は聖騎士達が王都へ持ち帰ることになっていた。その時に、メイの荷物も混ざっていた」
「ええ、そうなの。だから、あの”お守り”は聖騎士達が運んできたはずなのよ。この村で聖騎士達に何かが起こった、その考えは正しいと思うの」
「仮にそう考えるとしても、それだけでは証拠にならない。この後、どう証拠を探すか……」
「聖騎士を消す、簡単な方法ならある。普通の人間には決してわからない。今の俺達にも使える転移魔法を使ったんじゃないのか。転移魔法と特定しなくてもいいかもしれないが、普通の人間には使えない魔法だ」
グレンがぶっきらぼうに、まるで、どうしようもないと言わんばかりに言う。
「まあ、元々、魔王国が関係しているという話だし、そう言うこともあるわ。尻尾を出してくれるといいのだけれど」
聖騎士達が運んでいたはずのメイの”お守り”は見つかったが、それ以降は手詰まりだ。
闇雲に探したとしても、いつ見つかるのか、魔法で隠されていれば見つからない恐れもある。
次に打つ手が見いだせないまま、一旦、シンリー村へと戻った。




