141話 シンリー村
翌朝、予定通りに、シンリー村へと向かう。
馬車を借りることができたので、この日はシンリー村のすぐ傍まで馬車で向かう。
キースの街で、シンリー村のことを聞いてみても、村の名前しか知らないという人がほとんどだった。中には村の存在自体、知らないということもあった。
それも当然かもしれない。シンリー村は街道沿いにある訳ではない。バーリィ領からゼールス領へと向かう迂回路にある村だ。
わざわざ、遠回りをしてまであの道を行く必要はないだろう。
僕がシンリー村を訪れたのは、街道を進んでいた僕達の前に、シンリー村の村人が助けを求めてきた為だ。
そうでなければ、行くことはなかった。
神託によって選ばれたグレンとイネスは街道を外れてシンリー村へ向かうことは許されない。
その為に僕一人で向かうことになった。
あの時の僕はどんな心境だったのか?
どこか、その辺りのことはぼんやりとしている。
戻ってくるなと囁いたグレンの声と決別するように背を向けたイネスの姿だけが嫌にはっきりと思い出された。
思い出したのは、ちょうど、村人と出会った場所を過ぎたからだ。
その場所から街道を外れる。
初めて訪れた旅人でも間違えて街道を外れることはまずないだろう。
それほど、明確に区別されていた。
道幅は勿論、街道の方が広い。シンリー村への道は横に逸れ、向かう先は森の中へと延びている。
ただ、シンリー村への道は、通る人が少ない印象の割に、道の整備がされていた。
馬車でも十分に進んでいける。
街道が使えない場合の代替として使うことが想定されていると言えなくもないが、一度、穿った見方をしてしまうと、奇妙に思えてくる。
何より、どうして、失踪した聖騎士達はこの迂回路を通ったのか?
本来であれば、街道を通るはずだ。
しかも、シンリー村に聖騎士達が訪れていたことを証言したのがシンリー村の村人だと父は言った。
そして、その目撃情報が最後の目撃情報だった。
矛盾しているようにも思える。
隠したいことがあるなら、目撃情報は隠蔽すべきだと思う。
ちぐはぐに思えるのだ。
父からは、その証言した村人のことや他の情報は部外者である僕には教えてもらえなかった。
シンリー村へ近づく度、憂鬱な気分になる。
僕達が向かうのは、あの村人達を疑っているからだ。
それに、あの村には助けられなかった女性が眠っている。
名前も知らない初めて会った女性だった。彼女が剣で斬りつけられ、僕はとっさに、彼女を斬りつけた男を殺してしまった。
眠っていた記憶が蘇ってくる。
村へと続く道は所々、記憶にある。
ほとんどが変わり映えしないが、メイとの道行きで休憩と取った場所とか、メイが興味を持った変に曲がった木とかだ。
その時だけは、気持ちが温かくなる。
この迂回路でのメイとの道中で、誰とも行き会わなかったが、今回もそうだった。
夕刻に近づいたかというような、まだ昼とも言えるような時間に村の手前まで辿り着いた。
この傍に転移ポイントを作り、一旦、キースへと戻る。
日暮れに近づく頃、僕達は再度、シンリー村の傍に転移した。
僕達は魔獣退治のパーティを装う。
僕は正体がわからないように顔まで覆う兜を再び、被る羽目になった。
僕だけでなく、勇者として知られている恐れも考え、それぞれ雰囲気を変えている。
グレンは前髪の生え際に合わせて布を巻き付け、髪を逆立てている。簡素な服に洗練されているとは言い難い軽装鎧だ。
イネスは髪を下ろし、青を基調にしたフリルの着いた服にシルバーの軽装鎧。派手めの化粧を施している。
ミアは帽子を被り、少年のような装いだ。
雰囲気を変えることに重点を置くあまり、逆に警戒されないかと心配になる。
シンリー村へと到着すると、すぐに村長の家を目指す。
家々の配置はほとんど覚えている。
まだ、灯りがなくても、十分に歩ける。
メイが泊まっていたデリアという女性の家を通り過ぎる。
村の中央には教会がある。
飾り気のない教会ではあるが、この村にしては大きく、立派だ。
村長の家はその教会の近くにある。
既に村人達は家に帰っているのか、誰にも会わない。
家々には灯りがともっているので、人はいるように思うが、静かだった。




