138話 課題 二
翌日の午前中は闇魔法の訓練を行った。
ミアは懸命に訓練を行っている。
グレンとイネスは応用の訓練を始めている。
ミアは一人だけできない焦りがあるのだろう。
何度も何度も繰り返す。
それにも関わらず、ミアはどうしても点にできない。
ミアは弱音を吐かないが、目に涙が浮かんできた。
これではいけない。
騎士学校ではできないなら、只管、訓練である。
それでも、できないなら、学校を去るしかない。毎年、一定数は脱落者がいた。
できないなら、それは当然のことだとしか思わなかった。
僕はそのような者を突き放していた。
勿論、騎士となるなら、力は必要だ。そうでなければ、あっさりと死んでしまうかもしれないし、誰も護れない。
それでも、僕は自分の基準を押し付けていた。
今は、僕ができない側だ。ライナスやメルヴァイナには勝てない。足元にも及ばない。転移魔法もできていない。
まだ、開始して2日目だ。ミアは闇魔法の発動自体はできている。
グレンやイネスとは土台が違う。焦る必要はない。
否、焦っていたのは、僕だ。
早く、力を付けたい、結果を出したいと焦っていた。
焦ると周りが見えなくなってしまう。
それに、こんな時に、ミアにどう声を掛ければいいのか、わからない……
「ミア」
名を呼ぶと、ミアが僕を見る。
「コーディ様、ごめんなさい」
僕はミアに謝罪を求めていない。僕の教え方が悪かったのかもしれない。
ミアは僕達との関係に一線を引いたままだ。
「ミア、”様”なんて、付けなくていい。コーディと呼んでほしい。僕達は同じ魔王国の民で、同じ身分だ」
「ですが……」
急には無理なのかもしれない。
ミアは口ごもってしまう。
小さく唸って、
「コーディ様はメイが大好きですよね……その、メイに誤解されませんか……」
ミアは顔を伏せたまま、おずおずと言う。
「え……」
想定外のことを言われ、僕が口ごもってしまう。
そういう話ではなかった気がする。
僕は単に……
「単に、友人として、特におかしな事はない」
どこか硬いような言い方になってしまった。
「そ、そうですか……わかりました! 頑張ります! えっと、コーディ」
ミアとの壁がなくなった訳ではない。これから、しばらく、この4人で協力する必要がある。
「確かに”様”は要らないわ。呼び捨てにして。グレンのこともそれでいいわ」
いつの間に僕達の会話を聞いていたのか、イネスがそう表明する。
「でもね、墓穴を掘っていると思うわ」
イネスがぼそっと呟いたのが聞こえた。
「早く、課題をクリアして、ルカ様に認められるように、頑張ります。ボクだけ遅れているのは事実ですから」
ミアは両手とも拳を作って、気合を入れた。
昼過ぎ頃、ミアの前に、黒い楕円が浮かんだ。それを10分間維持することに成功した。
「4人共、闇魔法はクリアだ。うむ、上出来だよ。本当は、闇魔法の方が光魔法より難易度は高いんだけどね。光魔法はセンスさえあれば、容易だ」
どこからともなく、ルカの声が聞こえてきた。
ルカが姿を現す。今までそこには誰もいなかったはずである。
「後は、転移魔法だ。ああ、勿論、闇魔法の訓練は続けるべきだよ。それと、闇魔法の注意事項を言ってなかった。便利なのだが、如何せん、危険なのだよ。再生能力がない者には薦められない。自分の魔法で死ぬ可能性があるのだよ。制御できなければ、闇が暴走する。大爆発を起こしかねない。調子が悪い時は使うべきではないよ」
ルカは闇魔法の注意事項をさもついでのように言う。
それは、先に言ってもらいたかった……
メルヴァイナからもそんなことは聞いていない。
宿の倒壊で済むのだろうか。場所を移動しておいてよかった。
王国でなら、間違いなく、禁忌の危険魔法である。
「先に危険だの、難しいだの聞きたくはないだろう? それに、私が何の対策もしていない訳がないだろう」
転移魔法ではしっかり脅された気がするのだが。
「今の君達には必要な魔法なのだよ。さあ、切り替えて、転移魔法だ」
ルカが爽やかな笑顔で言う。
「この転移魔法は、闇魔法でも光魔法でもない。特殊魔法と呼んでいる。闇魔法とは分けて取り組むべきだよ。また、魔力の消費が激しい上に、強い疲労がある。その時点で、魔力が少なく、弱い者では取り扱えない」
「あなたは転移魔法を多用していると思いますが」
僕は疑問を口にする。
「魔力が多く、再生能力があれば、全く問題ない。何より、便利なのだよ」
できるようになったとしても、無意味に多用することは止めようと思った。
訓練を始めて、4日目にして、漸く、僕とグレンとイネスが転移に成功する。あくまで、ルカが作り出した何もない空間内でだったが。
5日目に、ミアも成功した。
ルカが魔法を解くと、森の中の景色に戻る。
最後に、今朝出掛けるまでに作成していた宿の自分の部屋内のポイントに転移するようにルカに指示された。
ミアも既にポイントの作成まではできていた。
これまで、終わった後はルカが宿まで送ってくれていたのだ。
実際の環境で行うのは、初めてのことだ。
「ボクから行きます」
ミアが元気よく、一番手に立候補する。
ミアが転移魔法を発動し、ミアの姿が消えた。
グレン、イネスの姿が消え、最後は僕だ。
無事に転移先の自分の部屋へと転移できた。
宿のルカの部屋の前には、既に3人の姿があった。
部屋のドアが開き、ルカが部屋に入るように促す。
「課題は見事クリアだ。シンリー村へ向かうことを許可する。ああ、明日まで待つのなら、私の部下にシンリー村の近くの町まで転移魔法で送らせよう。その方が早く到着するだろう」
転移魔法ももっと早くにできるものだと思っていた。
その場で4人で話し合い、全員の同意により、明日、送ってもらうことにした。
この町に来て、6日目にして漸く、目的地に向える。
「転移魔法を使えるようになった君達に、転移魔法を使う上で、重要なことが一つある。同じく転移魔法を使う敵から逃げる為に転移魔法を使う時だ。転移魔法を使った直後なら、敵も同じ転移先に転移できてしまう。敵が転移先にまで追ってくる可能性があるということだ。十分に気を付けたまえ」
ルカが高らかに言う。
転移魔法を使える強敵から逃げる場合に転移魔法は使うなと言うことだろう。本拠地に敵を招き入れてしまうことにもなりかねない。
「後は、慣れるまでは、普通の人間を転移させない方がいい。死なせてしまうかもしれないからね」
「お前も普通の人間ではないんだよな。俺達と同じ、眷属にされたのか」
グレンの言動はルカを挑発するようなものだ。
「君達と同じではないよ。私は端から人間ではない。聞いていなかったのかい? そもそも、種族が違う。私はヴァンパイアと呼ばれる最上位種だよ」
ルカはグレンの態度に気を悪くした様子はなく、穏やかなままだ。
ルカはヴァンパイアという種族。それは勿論、メルヴァイナとリーナもそうなのだろう。
魔王国の街では様々な見た目の種族がいた。獣人以外の見たこともないような種族も。
なので、ルカの話はすんなり耳に入る。
それにしても、ヴァンパイアは再生能力を過信しすぎではないだろうか?
再生能力があるから、多少、怪我を負っても構わないとでも思っているような……
「最上位種――では、人間はどの程度の種族なのですか?」
次にイネスが問う。
「人間は、魔力や身体能力の面では下位種だよ。ただ、扱いは中位種以上だね。人間は数も多い。それに、技術開発などの貢献度が大きい。発展にはなくてはならない種族が人間なのだよ。君達にはもう当てはまらない。君達は上位種だ。しっかりそれに見合った力を付けるように」
今のままでは、上位種として十分ではないと言うことだ。
今でも、ルカには手も足も出ないのはよくわかる。
「ああ、この宿の転移ポイントはそのままにしておくといい。何かあれば、この私の部屋を訪ねるように。それでは、解散だ。出て行ってくれたまえ」
僕達はルカから彼の部屋を追い出された。




