137話 課題
メイに王都を案内した翌日、僕達は王都を立ち、ゼールス領に隣接するバーリィ領の町ウィンビルに転移した。
このウィンビルはゼールス領に最も近い町である。
目指すのはゼールス領シンリー村だ。
シンリー村へは誰も直接、転移できない為、この町か、セイフォードへ転移するしかなかった。
シンリー村には、嫌な思い出も、いい思い出もある。
ただ、あの村には違和感があった。
あの時は、生贄となる為、生きては戻れないのだと、その違和感には蓋をした。もう、僕には関係ないことだと。
父や兄達との話にシンリー村が出た時に、それを思い出した。
あの村人達はどうして、誘拐された女性達の捕らわれている場所がわかっていたのだろうか?
それにあのような村にしては、かなり裕福なように感じられた。
村の教会もシンプルながら、立派だった。
宿もなく、旅人が立ち寄るような村ではない。特に特産品がある訳でもない。
その収入源が何なのか?
たった数日の滞在なので、単なる思い過ごしの可能性もあるが。
それをルカ・メレディスに話したことがきっかけで、シンリー村を訪れることとなった。
その為に、メイとは再び、離れることになってしまった。
彼女の傍で、彼女が傷つくことがないように、彼女を護りたい。
その為の力をつけ、役立つことを示し、魔王の傍に相応しくあらねばならない。
ウィンビルに着いて、早速、シンリー村へ向かうのかと思っていたが、そうはならなかった。
「私に話したということは調査がしたいということだろう? だから、連れて来たのだよ。ただ、今の実力では心許ない。そこで、私の出した課題を4人共クリアできれば、シンリー村へ向かうことを許可しよう」
ルカは騎士学校の教師のようなことを言い出した。
「そうだな……1つは闇魔法。どんな形でもいい。その形を10分間保持できればいい。コーディ、君が指導するように。もう1つは転移魔法。転移できればいい。これは、仕方ないので、私が指導しよう。どちらもこれくらいであれば、習得は容易だよ」
ルカは僕達4人に魔法の訓練をするように言ったのだった。
「これから、私は用があるのでね。闇魔法の訓練をするといい。この宿で訓練してもいいが、建物を破壊しないように。町の外に行ってもいい。シンリー村へ行くことは許さないよ。後はよろしく」
ルカは笑顔だが、凄みがある。反論は許さないと言いたげだ。
見た目からは想像できないが、父より年上なだけはある。
それだけ言うと、僕達を宿に残し、本当にどこかへ行ってしまった。
「コーディ、早く教えろ」
グレンが僕を急かすが、ここで魔法の訓練を行うことは不安でしかない。万が一にも、宿を倒壊させる危険がある。
「街の外に行こう。ここで罪人になりたくない」
そう言うと、グレンは、息を吐き出し、ドアへと向かう。無言の同意と受け取る。
徒歩で町を出ると、道を外れ、人の来そうにない場所へ。
木々で隠され、更に、ある程度のスペースがある場所が見つかった。
漸く、魔法の訓練を始められる。
始めに、メルヴァイナが行っていたように黒い点を出現させる。
僕が手本を見せ、同じようにしてもらう。
程なく、グレンとイネスは黒い点を出現させた。
後は、ミアだけだ。
微かに黒い靄のようなものが何となく見えたが、すぐに消えてしまう。
ミアは生活魔法以外は魔法をほぼ使わない。僕達のように訓練もしていない。
ミアの父親は魔獣退治をしていたが、ミア自身にその経験はセイフォードの魔獣襲撃以前はなかっただろう。
すぐに魔法が使えるように、戦えるようにというのは酷だろう。
「ミア、他のことは何も考えなくていい。ただ、目の前に黒い点があることを想像してほしい」
そうは言っても、僕達がいる以上、集中しづらいのかもしれない。
魔王国で生きることを決めた以上、ミアとも対等なはずだが、一歩引かれている。
メイがいれば、もっと気を落ち着かせてくれただろう。
中々、上達しないまま、時間が過ぎていく。
グレンとイネスは既に、10分間の保持もできている。
ただ、それを動かすことには至っていない。
ふと、視線を上げると、どうして僕達の居場所がわかったのか、ルカ・メレディスが佇んでいた。
いつからそこにいたのかもわからない。
「頑張っているようだね」
「いつからそちらにいらっしゃったのでしょうか?」
「いつからだろうね」
ルカは答えをくれない。
「気付かれてしまったので、闇魔法はひとまず置いておいて、今から、転移魔法の訓練をしようか」
「あの、光魔法はできないのでしょうか?」
以前、メルヴァイナから匙を投げられた光魔法。光魔法は僕には使えないのかと、ずっと思っていた。
「光魔法はかなりセンスが必要でね。基本的には闇魔法より習得率は低いのだよ。だから、課題にも入れなかった。ちなみに、私は使えるよ」
「そうですか……」
「がっかりしたかい? まあ、使えないことはないだろう。その内、できるようになるかもしれない。今は、転移魔法だよ。私に注目するように」
ルカが僕達の前に立ち、僕達を見回す。
「転移魔法で気を付けなければならないのは、転移先の場所だよ。障害物があれば、出現先で突き刺さる。もしくはめり込む。大惨事だとも。血の海になる」
……
それを聞くと、かなり恐ろしく感じる。
今まで、何気なく、転移させられていたのだが……
「大丈夫。私達には再生能力がある。多少のことでは死なない。それに――」
ルカが何かの魔法を発動させる。
目の前の景色が変わった。薄灰色の殺風景な何もない空間が広がっていた。
かなり高度な魔法だと思われる。
どうすれば、こんな魔法が使えるのか、見当がつかない。
「これで思う存分、訓練ができるだろう? まずは、転移先となるポイントを作る。何をどうするか、全くわからないだろうね」
ルカは朗らかな笑みを見せる。
「この、今、私が立っている場所を記憶に刻み込むイメージだよ。ここの景色を完璧に記憶するわけではないよ。その記憶は体の中に収納しておく。その収納数は個々に違う。できるようになれば、感覚でわかるよ」
ルカは意外にも真面目に指導してくれた。
残念ながら、この日、誰も転移には成功しなかった。勿論、血の海になるようなこともなかった。




