135話 セイフォードより
馬車から、何度も訪れた邸宅が見えた。
ここに泊まっていた時が遥か昔だった気がする。アリシアがまだ生きていた頃だ。
馬車を降り、玄関ホールへと入った。
「いつも、屋敷に戻るとアリシアが出迎えてくれた」
アーロがぽつりと呟いた。
「今すぐ、アリシアが駆けてくるんじゃないかと……」
アーロは階段の上を見つめる。
わたしもそんな気がする。階段からアリシアが下りてくるんじゃないかと。
そんなことがあるはずないとわかっている。それでも、そんな気がしてくる。
「本当に、もう、アリシアはいないのか……」
アーロの言葉がわたしの心の声に重なる。
やがて、階段の上から人が下りてくる。従者を連れたゼールス卿だった。
「アーロ!? どうして、お前がここに!?」
ゼールス卿が控えめに驚きの声を上げる。
息子であるアーロが戻ってくることは知らなかったらしい。
メルヴァイナと神官長が意図的に教えなかったんじゃないかと思う。
「只今、戻りました。それより、お尋ねしたいことがあります」
「アリシアのことか……お前が戻ってくるとは思わなかった」
ゼールス卿は苦い表情を浮かべていた。
アーロに戻ってほしくなかったことがありありとわかる。
「息子と二人で話をさせていただきたい。部屋は用意しております。お寛ぎください」
ゼールス卿はアーロを連れて行ってしまった。
玄関ホールに残されたわたしとメルヴァイナ、リーナ、ウィリアムは、大人しく部屋へと案内された。
今回案内された部屋は前に使わせてもらった部屋とは違う。
前に泊まった時も色々とあった。グレンとわたし(実際にはコーディを狙ったのかもしれない)への襲撃に魔獣騒ぎ。
わたしやグレンが襲われた件は結局、犯人が判らずじまいだった。
目的は勇者の足止めか、殺害だったんじゃないかとわたしは勝手に思っている。
おそらく、勇者に関係している。だって、勇者がこの街に来てから、色々なことが起こったから。
きっと、わたしが気付いているなら、勇者であるグレンもコーディもイネスも気付いている。
アリシアもそれに巻き込まれたのかもしれない。
まだ、部屋に入って、座ってもいない間に、メルヴァイナがリーナと共に現れた。
「メイさま、私は午後から出掛けたいと思っています。ですから、それまでに少し、魔法の特訓をしませんか? 武術も教えますよ」
メルヴァイナが意外な提案をしてきた。
これまで、魔法の特訓をしていない訳じゃない。しても、やっぱり、治癒魔法しか使えなかったのだ。
「わかっておりますよ。そんなことをしても無駄だとお思いなのでしょう? ですが、治癒魔法が使えるなら、同じく光魔法に属して、種類の近い身体強化の魔法なら使えると思うのです。攻撃手段がないと言っておられたでしょう。私は身体強化の魔法は得意なのです。攻撃魔法を使えなくても、身体強化に武術を合わせれば、十分に戦えます」
メルヴァイナの指摘は図星だった。確かにむだだと思った。
まあ、同時に、攻撃魔法はむりだと言われてるようだったけど。
「中々、便利だと思いますよ。人間になら、余裕で勝てるでしょう」
心を動かされる申し出だった。よく誘拐される身としては。
それに、戦っているメルヴァイナはカッコよかった。
「それなら、お願いします」
「はい。メイさまが習得できるよう、尽力しますよ」
メルヴァイナに連れていかれた先は、メルヴァイナとリーナの部屋だった。
こんな部屋の中で特訓するの? と思ったが、メルヴァイナが何かの魔法を発動させた。
発動後、期待して待っていた。どうなるのかと――
全然、何も変わらない。部屋の中だ。
「魔王城の庭園と同じ魔法を使いました。ティムが城を壊した時と同じです。この部屋の中でしたら、壊しても問題ありません。外に音も漏れません。大いに暴れてもらっても大丈夫ですよ」
試しに、何かを壊してみたい衝動に駆られるが、止めておいた。
急に物を壊し始めるのはさすがにちょっと……
わたしはメルヴァイナの指示の下、特訓を開始した。
結論を言うと、できたのだ。身体強化の魔法が。あっさりと。
ただ、大きな問題があった。自分自身に効かない……他の人に魔法をかけることはできるのに。
結局、誰かに戦ってもらわないといけないことは変わっていない。
一人だと、攻撃手段がないままだった。
治癒魔法も自分の意思で発動できる。そして、その治癒魔法もわたし自身に効かないことが判明した。
それは、再生能力があるからいいのかもしれないけど。
「困りましたね。どうして駄目なのでしょう? う~んン。魔王さまには変な耐性でもあるのでしょうか?」
メルヴァイナが困ってしまった。
その後も、「では、私と同時にかけてみましょう」「それなら、いっそ、思いっきり、爆発するぐらい」とか、色々試した。
「魔王さま自身には魔法が効かないというのは聞いていないのですが、私には、もう、無理かもしれません……」
メルヴァイナは項垂れてしまった。
「大丈夫です。仕方ないですから。これは諦めましょう」
さすがにこれ以上、やってもむだだと悟った。
それでも、身体強化の魔法が使えるようになっただけ、プラスではある。人間への補助は行えるようになった。
その日の午後、メルヴァイナは出掛けてしまい、退屈な時間を過ごすこととなった。
1週間はここに滞在することになったが、わたしにできることは、今のところ、ない。
ウィリアムとアーロと行動を共にするといっても、24時間ずっと一緒にいるわけにいかない。
しかも、二人には、今日、外出予定はないらしい。
そもそも、わたし達の目的はフォレストレイ侯爵を取り込むことだ。それには、まず、ウィリアムを味方に付ける。そういう思惑もある。
アリシアのこと、他にも色々とわからないことが多い。
きっとわたしが調査しようとしたところで、まず、何をしていいかわからない。
第一に、わたしが簡単にわかるようなことなら、すでに片が付いているだろう。
それなら、わたしのすることはウィリアムをどうにかすることだ。
待っていても、暇なだけなら、わたしから誘うしかない。
きっと、ウィリアムも暇を持て余しているんじゃない?
考えていたことがある。チャンスがあれば、と思っていたことだ。
デリアに会いに行く!
メルヴァイナが戻ってきたら、言ってみよう。




