132話 アリシアの兄 二
「アリシアからの手紙に、貴女はアリシアの友人だということが書かれておりました。その貴女が王都に来ていると聞いたものですから」
アーロ・ゼールスは、落ち着いた口調で言う。
怒っているような印象はない。
わたしはほっとしていた。怒りをぶつけられるかと思っていた。
アリシアがあんなことになったのに、わたしは冷たいのかもしれない。
それに、今日も、黒い服の方がよかったんじゃないかと思う。
「その後、ドレイトン様を追いかけたのか、行方不明となったと父から知らせを受け、そして、1か月前、アリシアの遺体が見つかったと」
1か月前に? 遺体が見つかった?
時間が合わない気がする。
まだ、1週間とちょっとしか経っていないはずだ。
もしかして、ゼールス卿はすでにアリシアが亡くなっているのを知っていた?
「もう、直接、事情を聴くことはできません。アリシアの身に何か起きたのか、少しでも知っていることがあれば、教えていただきたいのです」
アーロは言葉を選ぶように言っている。
それでも、どこか頭の中で整理が付けられていないようなそんな感じがする。
妹が亡くなったのなら、当然かもしれない。
ただ、今のわたしはむしろ、彼がどこまで知っているんだろうということが気になる。
この王国では情報はすぐには伝わらない。
電話もないし、魔法での通信もない。転移魔法も使えない。
聞いたところによると、早馬とか、商人に頼むとか、一部都市間ではそういうことを仕事にしている人もいるそうだ。後、伝書鳩のような鳥を使った通信もあるらしい。
彼は大聖堂でのことを知っている? もう、伝わっている?
考えることがありすぎて、アーロにどう答えればいいのか、全くわからない。
「あなたはどこまで知っているの?」
メルヴァイナが直球でアーロに尋ねる。
「先ほど、申しましたことのみです。父からの知らせには、それ以上のことは書かれておりませんでした。そのことがむしろ、釈然としないのです。父は何かを隠しているのではないかと思うのです。……よほど、悲惨な状態であったのかと……私達伯爵家の醜聞を晒すことにはなりますが……」
「そう。それなら、知らなくていいんじゃないの? 知っても、どうにもできないでしょう? 本当に知りたいなら、父親の元にすぐに行くといいわ」
メルヴァイナはアーロを突き放した。
「……それは……」
「妹よりも、この王都で使命を果たす方が重要なんでしょう?」
「違います!」
アーロが急に立ち上がる。
「これから、父の元へ帰ります。ウィリアム、申し訳ない」
「好きにしてくれ」
ウィリアムの表情は変わらない。
「いいわぁ。行動力のある子は好きよ。私達が送って行ってあげましょうか?」
「それでしたら、私も同行してよろしいでしょうか?」
ウィリアムまで、そんなことを言い出した。
メルヴァイナの言い方に怒った様子もなく、ごく普通に。
「ウィリアム! そんな安易に行ける距離じゃない。往復に一月は必要だ」
逆にアーロが驚いた口調で言う。
「行ったことがあるんだ。知っているに決まっているだろう」
ウィリアムは当然のように言い、メルヴァイナに顔を向ける。
「送って下さるのでしたら、セイフォードまで、どれくらいで到着しますか?」
ウィリアムの言葉に、メルヴァイナは、ふふっと笑う。
「そうね、一瞬だと思うわ」
ウィリアムは転移魔法を見ている。それを期待していたのだろう。
「私達はいつでもいいわよ。私ももう一度、セイフォードに行きたいと思っていたのよね。ちょっとした用事でね」
「それでは、お願いしたいと思います。出発は明日でどうでしょう」
「わかったわ。明日の適当な時間に訪ねて来て」
「ウィリアム! どういうことだ!? 本当に来るのか? それに、許可が出るのか?」
「もう決めたことだ。許可は――こういう時に、父の権力が役に立つ」
ウィリアムは真面目な印象だったけど、そうでもない気がした。
そうして、セイフォード行きが決定した。
わたしは一言も口を利いていない。
そう言えば、自己紹介もしていない。
ただ、そこにいただけ。
わたしの存在意義って何なんだろう……




