124話 フォレストレイ侯爵 三
「お前達は何がしたいんだ? というより、コーディ、お前の知り合いだろ?」
さっきの若い男が言う。おそらく、コーディの兄だと思う。
血は繋がっていないそうだから、コーディに全然似てないのは当然だろう。見た目はいいけど、性格は軽そうだ。
彼は、警戒するように言っているのではなく、どちらかと言えば、呆れたような言い方だ。
闇魔法の偽魔王はどういうわけか、マジックっぽい。
緊張感が霧散した気がする。
真剣な話し合いの場が台無しだ。
話を振られたコーディは、特に慌てることもなく、
「その通りです」
と簡潔に答えた。
まあ、わたし達と一緒にグレンやイネスがいる時点でわかっていたことだろう。
「それで、その黒いのはなんだ?」
彼はコーディの方を向いたままだから、コーディに聞いているはずだ。
コーディはルカに視線を向けた後、兄を見る。
「闇魔法と呼ばれています。僕も多少なら使えます」
コーディは手のひらの上に、黒い小さなドラゴンを出現させる。
「ふーん。なら、俺も使えるのか? その闇魔法」
「いいえ。通常、人間が闇魔法を使用することはできないそうです」
「どうして、お前は使えるんだ?」
「僕は境界を超え、魔王の元に行きました。そこで、人間ではなくなったのです。それならば、何者になったのかと言われれば、よくわかりませんが、聞いた話によると、魔王様の眷属だとのことです」
そんなことを言ってしまっていいんだろうか?
誰も止めはしない。
「それで、魔王がその女性というわけなのか? どう見ても、彼女はただの女性にしか見えないが? 魔王というからには、何か強大な魔法が使えるのか?」
「それは勿論。魔王様は強大な魔力をお持ちです。街を包み込むほどの治癒魔法が使え、癒しの聖女と呼ばれているほどですから」
メルヴァイナが口を出してくる。
しかも、余計なことを言ってくれる。
魔王と聖女では、明らかに相反する。
「治癒魔法? 聖女? いや、魔王の話だろ?」
「ええ、魔王国では、魔王様は神のようなものです。いえ、神です。決して、あなた方が思うような邪悪な存在ではありません」
メルヴァイナがはっきりと言い切る。
ここで、神とか言わないでほしい。
ふと、現実逃避したくなる。
あれ? わたしって、なんでこんなところにいるんだっけ?
「魔王が神か。コーディ、本当なのか? その魔王国はどんな国だ?」
「本当です。魔王国は、人間と人間以外の種族が共生し、王国とは比べ物にならないほど発展した国です」
「なあ、俺も連れて行ってくれるか? とんでもなく興味がある」
彼はとんでもないことを言い出した。
わたしは手持ち無沙汰で堪らない。
「遠回しなことはもういい。魔王とやら、私達に頼みがあって来たのだろう? まさか、行方知れずになった商人を捜すよう念を押しに来たのではあるまい。それとも、コーディを貴国に差し出せと言うのか」
ずっと、黙っていたフォレストレイ侯爵が中々、威圧感のある口調で言う。
しかも、わたしに向かって。
表情や態度には出してないと思うが、わたしの頭の中はパニックになっている。
協力、じゃない、引き込みたいって、そんな正直に言うべきじゃない。
彼らがわたしを本当に魔王だと思っているのかもわからない。
コーディと仲良くさせていただいていますとか? でも、それは頼み事じゃない。
コーディを下さい。かなり、違う。前に読んだ文学の一節を思い出す。
何か言わないとまずい。
やっぱり臨機応変なんて、無理だ。
何も考えつかない。
待っても、ルカもメルヴァイナもこんな時に限って何も言ってくれない。
わたしは賢くなんてないのに。
だめだ……全然、いい考えが浮かばない。
視線が痛い。
いっそのこと、保留とか、どうだろう。
そう、待ってほしい。考える時間がほしい。
「ここにいさせてください」
あまりの沈黙に、焦ったわたしが発した言葉がそれだった。
ちょっと言葉を間違えた。魔王の威厳がない。
「いいだろう。滞在を許可しよう」
わたしを見据える侯爵の目が怖い。体が大きく、筋肉質で、本当に威圧感がある。
宿がないから、泊らせろというような趣旨だと受け取られたかもしれない。
というより、どうして許可したのだろう。こんなに怪しいのに。
よくわからない人だ。
とりあえず、わたしは、ふとんを被って寝たい。




