123話 フォレストレイ侯爵 二
空気が重い。耐えられないような雰囲気。
その中心にいるわたしは、どうしたらいいんだろう。
フォレストレイ侯爵がわたしを見据えている。
わたしも視線は外さない。
熊とかには目を逸らしたら襲われる。目の前にいるのは、熊じゃないけど。
「魔王か」
侯爵は、挑んでくるような目つきで、言う。
馬鹿にされている様子でもないし、どういうつもりなのかよくわからない。
わたしは沈黙――単に、何を言えばいいかわからないだけだ。
わたしにできるのは、無表情で、侯爵を見ていることぐらいだ。
「先ほどお会いしたばかりではございますが、お初にお目にかかる方もいらっしゃいますので、まず、名乗らせていただきます。私は、ルカ・メレディスと申します。先ほどは、事情により、国の名を出すことができず、申し訳ございません。私は、魔王国の外交官でございます。今回、我が国の王たる魔王様を案内して参りました」
にこやかなルカの言い方は、鼻に付くように感じる。
仲良くする気はあるんだろうか。まあ、仲良くする気なんてないのか。外交では、そういうこともある気がする。
喧嘩売ってるとまでは言えない。
「勇者は戻ってきた。それは、かつてないことだ。その勇者はあなた方と共にいる」
侯爵は悠然とした口調で言う。侯爵から、グレンが見えているのだろう。
「黒門の向こうに魔王国という国がある、と言う話も強ち、否定できないだろうな」
黒門というのは、王国と魔王国の境界にある巨大な門のことだろう。
黒門と言っても、今は白いはずだ。黒くなるのは、生贄を要求しているのでも何でもなく、メンテナンスの合図だと聞いている。
緊迫した空気の中、わたしはどうすればいいのやら。
正直なところ、勝手にやってほしい。
別に否定してくれてもいい。
「いやいや、そんなわけないだろ。魔王を騙るなんて、胡散臭いにもほどがある。否定できないって、否定しかないだろ。何が目的かしらないが、すぐに追い出すべきだろ?」
妙に明るい小馬鹿にした口調だ。
全てをぶち壊すような発言をしたのは、知らない二人の若い男の内の一人だ。
二人の男は一見すると、立派な騎士のような雰囲気だ。
否定してくれてもいいと思ったけど、空気は読んでほしい。
ただ、実際はその通りだと思う。それが正しい反応だ。
わたしとしては、むしろ、ぶち壊してくれた方がいいかもしれない。
「そうですね。正式に国として名乗りを上げているわけではありませんので、信じてもらえなくとも構いません」
ルカの口調は穏やかなままだ。
「では、そうですね。一つ、お見せ致しましょう。判断材料にしていただければ幸いです」
ルカは何を見せるつもりなのか、かなり気になる。
「それは私が致しましょうか。首と手足を斬り落とすのはどうです? 勿論、ルカお兄さまの」
ただ、メルヴァイナがそれを遮る。
「それは止めてくれるかなぁ、メル」
「いやですわぁ。私の手足は斬り落としましたのに。何も遠慮する必要はございませんよ」
それは、盛大な喧嘩のせいか、例の儀式のせいかはわからないが、今する話ではない。
ルカとメルヴァイナの確執で、変な方向に話が行きそうなところ、
「血で汚すようなことはするな」
とライナスが低い声で牽制する。
すると、わたしのすぐ傍に黒い人型が形作られていく。
闇魔法だ。
ライナスの魔法だろうかと思ったが、違った。
「お前達の言う魔王って、こんな姿なんだろ?」
自信満々でティムが言う。ティムの姿を見てはいないが、滅茶苦茶、胸を張ってそうだ。
多分、ティムの独断だろう。
わたしの傍に出現した魔王もどきは、わたしの身長より遥かに高い。
真っ黒のローブにフード付きのマントを羽織っている。しかも、立派な2本の角がある。顔の部分はよく見えない。
確かに魔王っぽいと思ってしまう。
ところで、交渉?はどうなったんだろうか。
わたし達は、フォレストレイ侯爵を取り込む為に来たはずである。
断じて、冷やかしに来たわけでも、マジックを披露しに来たのでもないはずだ。きっと。メルヴァイナは冷やかしに来たのかもしれない……
これで、今までのルカの苦労(実際に苦労していたかはわからない)が水の泡にならないことを祈る。
元々のルカの計画には、侯爵を取り込むという話はなかったはずである。




