119話 王国王都へ 三
メルヴァイナに魔王の代わりをしてもらった方がまだ、魔王に見えるんじゃないか?
そう考えながらも、口には出さなかった。
それでは、なんとなく、いけない気がした。
いつでも、足元を崩されそうな気がする。
陰った窓ガラスに映ったわたしは見慣れた姿だ。
ボロボロになった高校の制服に似せて作られた服で、高校に通っていたときとほとんど変わらない姿だ。
ただ、その顔はどこか不安げに映る。
こんな顔をしていてはいけない。弱みを見せてはいけない。
もっと、堂々と……未だに、治癒魔法しか使えず、剣術も上達しない、それを思うと、気が沈んでしまう。
魔王というには、呆れるしかない。
気にしても仕方がないけど、どうしても、何かをしようとすると、頭に浮かんでくる。
それでも、王国に行くのを止める気はない。
「メル姉」
メルヴァイナは足を止め、振り返る。
「大丈夫ですよ、メイさま。こんなこともあろうかと、用意しておきました。どこからどうみても、魔王であるように、それはもう、可憐で美しいドレスを!」
まだ、わたしは何も言っていないのに、弾んだ声でメルヴァイナが言う。
魔王って何だろう?
ここでは、そう言えば、神の類だとか言っていた気がする。
実際には、魔王に強さは求められていないのかもしれない。
話を聞く限りでは、発電できればいいようなものだ。電気ではなく、魔力だけど。
そもそも、どうして、宰相はメルヴァイナを止めないのか?
本当なら、魔王を死なせてはいけないはずだ。
安易に王国に行っていいのだろうか? わたしが言い出しておいてなんだけど。
考えても仕方のないことをとりあえず、棚上げして、コーディ達の元に向かう。今はそういうことでいい。
相変わらず上機嫌のメルヴァイナは、わたしの答えも聞かず、廊下を進んでいく。
メルヴァイナにある一室に招き入れられ、待つように言われる。彼女はすぐに部屋を出て行ってしまった。
その部屋には大きな鏡と長椅子が置かれている。大きな試着室といったところだ。
大きな鏡に姿を映す。
異形の化け物に変わるように、姿が揺らめく――
そんな気がした。
もちろん、そんなことはないだろう。
さっきと変わらないわたしが映っているだけだ。
わたしが不気味で気持ちの悪いものになっていくように思う。
鏡に向かって、手を伸ばす。
鏡の中のわたしも同じように手を伸ばしている。
映っているのは、間違いなく、わたしだ。
扉が開き、
「メイさま!」
メルヴァイナの明るい声が響く。
メルヴァイナの後から、侍女?のような同じ服を着た5人の女性達が部屋に入ってくる。
彼女達は、普段、わたしが接する侍女とは服が違っている。
更に、その後から入ってきたのは、ライナス、リーナ、ティムの三人だった。
ライナスはメルヴァイナと対照的に機嫌が悪そうだ。
それを顔に出しているわけではなかったけど、節々にそう感じる。
訳も分からず、連れてこられたという感じがする。
ちなみに、同じく連れてこられたリーナとティムは無表情だ。
「伯父上からの命だ。仕方なく、同行する」
ライナスはわたしを見据えているものの、どことなく気だるげに言う。
一応、どういうことかは聞いているらしい。
余計なことを、という呟きが聞こえてきそうだ。
「御託はいい? それでは、メイさまの衣装を」
メルヴァイナが手をパンパンと2回叩く。
いつの間にか、姿を消していた5人の女性達が続きの部屋から現れる。
女性達はそれぞれ、1着ずつの衣装を持っていた。
「向こうにとって、魔王は恐怖の存在じゃないのか?」
ティムが的確な疑問をメルヴァイナにぶつける。
メルヴァイナの用意した衣装は、絶対に恐怖の存在とはならない。
見た目に反して、強く残忍だというなら、なるかもしれない。恐怖の存在に。わたしの力だけでは無理だけど。
3着を除く2着は、普通に着てみたいドレスだった。
1着は薄いピンク色で、スカートの丈も短めのドレス。もう1着は真っ黒でスカートがふわふわしたドレスだ。
除いた3着は、一見遠目からは真っ白で清楚そうに見えるが、水着に透けているスカートが付いているようなものと、赤と黒で体のラインが思いっきり出そうなものと、布の面積がかなり少ないものだった。
こういう魔王もいなくないかもしれないが、絶対に却下だ。
「そうねぇ。その通りだと思うわ。ただ、今回は必ずしもそうでなくてもいいのよぉ」
「メル姉! この黒いドレスがいいです。これが着たいです!」
わたしは先制攻撃のつもりで、強く主張した。
「そうですか? ですが、一番、地味ですよ。ほら、こちらの方がよくお似合いだと思いますよ。以前、おっしゃられていたように、角を付けても――リーナはどう思う?」
メルヴァイナは、確実に侯爵家から即、追い出されそうな衣装を薦めてくる。
リーナはちらっと、わたしを見ると、弱々しい声で、
「わ、私も、魔王様と同じ、黒いドレスがいいと思います……」
と、わたしに賛同してくれた。
ライナスとティムは我関せずというように、少し離れているのが見えた。
「わかりました。そのドレスに致しましょう」
ごねられるかと思ったが、メルヴァイナは意外とあっさりしていた。
「要は、魔王だと信じても信じなくてもどっちでもいいってことか。信じさせるなら、王都を半壊ぐらいさせるなんて、いいんじゃないか」
ティムが笑い声を上げる。
「ダメよ。さすがに、宰相さまに怒られるわぁ」
怒られる怒られないで判断しないでほしいけどと、思わなくもない会話を聞いていた。
後は、肝心のフォレストレイ侯爵に会ったときの対応だ。
「もし、フォレストレイ侯爵に会えれば、名乗ればいいんですよね?」
「その通りです。会うことは、既に王国にいる従兄にどうにかさせますから、大丈夫ですよ」
度々、話に出てくるそのメルヴァイナの従兄は、もしかして、メルヴァイナによく似ているんじゃないだろうかとふと思う。
「その後は?」
「相手の出方次第ですね」
「……」
そんな臨機応変な対応が求められるの? コミュニケーション能力の不足しているわたしに? しかも、相手は侯爵。もう、不安しかない。
まあ、今更、止めるとは言えない。
逃げ出したくない。
「頑張ります……」
多少、弱々しくなった声でわたしは言った。
「大丈夫ですよ。私達もついておりますから、どうとでもなります」
頼もしげに見えるかはわからないが、メルヴァイナは胸を張る。
「本当に、予め、台詞を決めておかなくていいのか?」
ライナスが真っ当な忠告を挟んでくる。
「いいのよ。今回は。じゃあ、着替えて、いつもの転移室に1時間後に集合よ。ゆっくりしていると、夜になってしまうわ」
メルヴァイナはそう言うと、もう一度、手をパンパンと叩く。
3人の女性達が廊下へと繋がる扉の前に並ぶ。それぞれの手には、黒っぽい服を持っている。
「メイさまのドレスに合わせて、私達の衣装も作ってあるのよ。それに着替えてね。きっと、リーナにはよく似合うわ。何を着ても似合うんだけど」
「メルヴァイナ、私にそのよくわからない服を着ろと?」
ライナスは、冷たい視線をメルヴァイナに向けている。
「ちゃんとした服よ。それに、今回のこの5人の責任者は私よ。私が必要だと言えば、必要なのよ」
わたしは黙っていることにした。




