116話 フォレストレイ侯爵家 四
「……よく知ってる聖騎士達だ。あいつらが裏切るはずがない。何かあったんだ」
ジェロームが項垂れる。
聖騎士達が他国へ寝返ったという疑いもあるのだろう。
勇者に同行した聖騎士達は精鋭だ。普通であれば、簡単に倒されるとは思えない。
ただ、それは、王国の一般的な人間が相手だった場合の話だ。
そうでない者に襲われた可能性はある。
例えば、街に現れた魔獣に取り囲まれた場合や、メルヴァイナやライナスのような魔王国出身の者に襲われた場合が考えられる。
「手掛かりは何もないのですか?」
僕は、つい口を挟んだ。
「ない。聖騎士が辿るはずの道は捜させた。最後に姿を見たと証言が取れた村の周囲もな。争った形跡も一切ないそうだ」
「その村はどこなのですか?」
「ゼールス伯爵領シンリー村だ」
シンリー村……
あの村はよく覚えている。誘拐事件のあった村だ。その時に、メイに初めて会った。
あの誘拐事件と何か関りがあるのか。
「コーディ、あの男、ルカ・メレディスから聖騎士のことは聞いていたな?」
「はい、聞いておりました」
「お前は、あの男に協力するつもりだな? 他国の者に聖騎士の消息不明が知られているのは好ましいことではない」
「情報を流せということでしょうか?」
他国に弱みを握られる恐れがある。父はそれを懸念しているのだろうか。
だから、ルカ・メレディスの動向が知りたいのではないかと思ったのだ。
「そもそも、お前は立場をわかっているのか。お前は王族だ。好き勝手に国を出ていいわけがない! 私は勇者に同行することも許可していない!」
父の口調に熱がこもり、荒々しくなってくる。
「いやいや、落ち着けよ。こうして、無事に帰って来たんだ。まぁ、あの時は参ったがな。お前を追い落としたい奴を動かして、勇者との同行を確実にした。俺は結局、止められなかった。でもな、これから他国へ行くのは反対だ。断固阻止する」
「私も国を出るのは、反対だ、コーディ。考え直せ。友人二人について行くだけと言うなら、尚のこと反対だ」
ジェロームとウィリアムが口々に言う。
「この国で騎士になれ。お前の実力なら、いずれ、騎士団長にもなれる」
父が言う。父が一番言いたいことがそのことなのだろう。
僕を心配してくれていることは、十分にわかっている。
それでも、僕は決めたのだ。
「グレンやイネスは、関係ありません。僕が決めたことです。それに、僕にはまだまだ、実力がありません。彼の国の者に手も足も出ず、軽くあしらわれてしまいました。小さな世界で自惚れていただけでした。彼の国で、強くなりたいのです。護りたいものを護れる力が欲しいのです」
「確かに、お前には経験が足りない。だが、この先、この国で経験を積めば、強くなれる」
「僕は彼の国に行き、理解しました。この国では、確実に彼の国に勝てません。万が一、戦争が起こりそうになれば、可能な限り、止めます」
もしかすると、僕が魔王国のことを言っていると、父や兄達は気付くかもしれない。
それに近いことを先ほど、言っているのだ。
「軍事力で敵わないとお前はそう見るのか」
「はい。実際に目の当たりにしました」
「そんなはずはないだろ? 俺も周辺国の情報くらいわかっている。そんな圧倒的な力はないはずだ」
ジェロームが優しく、諭してくる。
「僕もそう認識しておりました」
魔王国を周辺国と同列に扱っていいのかとは思う。実際に行ってみるまでは、あれ程までに発展した国だということも知らなかった。
魔獣の蔓延る未開の地のような印象だった。
「それは、どこの国だ?」
ウィリアムが聞いてくるが、さすがに答えられない。
「……それは……」
「なぜ、言えない?」
母に似た穏やかな口調ながら、その言葉は突き刺さってくる。
「……」
答えられないでいると、扉越しに執事の声がする。
「旦那様、無作法をお許し下さいませ。客人がお見えです。異国の王族の方とのことです。ウォストデール公爵様からの書状をお持ちです」
普段、冷静で思慮深い当家の執事が、困惑気味だ。
「こんな時間に約束もなく? どこの王族だ? なんでこの屋敷に?」
ジェロームが声を落として訝し気に言う。
「こんな時間に約束もなく、申し訳ございません。至急、面会したいと私の主が申しております」
丁寧な言葉遣いだが、その女声は最近、聞き慣れた声だった。
明らかに次兄の言葉を受けての発言だ。普通なら、部屋の外には聞こえない音量であったにも関わらず。
しかも、有無を言わせぬ、物言いだ。
更には、こちらの許可を待たず、扉が開いた。
勿論、執事が開けたわけではない。
僕が答えられず、考えあぐねているのを、見計らったかのようなタイミングだ。
僕達の話を全て聞いていたのではないかと疑いたくなってくる。
両開きの扉は大きく開く。
「メイ……」
そこには、メイがいた。
色は黒だが、全体的にふんわりとしたドレスは、よく似合っている。
その後ろには、メルヴァイナ、ライナス、リーナ、ティムが揃いの黒い騎士服のような服に身を包み、控えている。僕が以前着た物とは、デザインが異なっている。
さらには、グレン、イネス、ミア、それに、ルカまでいる。
メイは堂々として、父の前に進み出た。
「私は、魔王国女王、メイ・コームラ」
彼女は、確かにそう言った。




