115話 フォレストレイ侯爵家 三
ルカ・メレディス――
その名を聞き、内心、驚愕していた。
なぜ、父からその名が出てくるのか?
今朝会ったばかりの魔王国の男だ。
まだ、彼の為人も定かではない。
父の問いに、どう答えるのが正解なのか、判断できない。
「はい。知っています」
当たり障りなく、それだけを答えた。
父から名が出てくる時点で、既に父は何かを知っているのだ。
「昼過ぎ頃に私を訪ねてきた。ウォストデール公爵からの紹介だということでな」
ウォストデール公爵家は、ドレイトン公爵家と並ぶ、5大公爵家の一角だ。
また、ウォストデール公爵は、外務大臣も務めている。
王城で数回、挨拶を交わしたことがあるので、その風貌も思い出せる。
中肉中背で、立派な髭が印象的な男だ。
今の言い方は父にしては、要点を言わない勿体ぶった言い方だ。
その公爵からの紹介だと、父は無下にすることはできないだろう。
父は、ルカ・メレディスと会っているはずだ。
要件は何だったのか、聞きたい気持ちを堪え、父の言葉の続きを待っていた。
「彼は外国から来たと言う。ただ、どこの国かははぐらかす。公爵からの紹介でなければ、すぐにでも追い返すところだ」
父がそう思うのは、当然だろう。ルカも魔王国のことは言えないのだろう。
それなら、猶更、会う意味がない。逆効果にしかなっていない。
「あいつはお前を連れていきたいと言ってきた。既に本人の同意を得ているということだ。コーディ、同意したのか?」
「はい、同意しました」
同意したというより、既に契約している。しかも、相手はあの魔王国。取り消しは不可能だ。
もう、決断したことだ。
「は? そんな怪しそうな男の口車に乗ったのか!?」
ジェロームが再び、身を乗り出してくる。
「彼は軽薄そうに見えますが、彼の国では宰相の覚えもよく、重要な役職に就いております。信用できる人物であると判断します」
宰相からの指示なのだから、ルカ・メレディスもそれなりの役職ではあると思う。
メレディス家は、魔王国において有力貴族なのではないかと考えている。
「彼の国に行って、実際に確かめたのか?」
父は一切、僕から視線を外さない。答えにくい質問をしてくる。
言葉だけなら、いくらでも身分を偽れる。父の質問は当然予想されたものだ。
「はい、実際に確認しました」
そもそも、信用がなければ、ウォストデール公爵に会えないだろうし、まして、紹介を得られない。
僕は彼の国に行ったことを肯定した。実際に彼の役職は確認していないので、それに関しては、嘘と言えないでもない。
ルカ・メレディスは魔王国のことを匂わせている節がある。
転移魔法を使わない前提で、僕がいない期間に往復できる国は数えるほどしかないのだ。
これ以降は、父がどう判断するか。
「聞いているかもしれないが、勇者に同行した聖騎士が消息を絶った。王都までの道程に同行したあの男の同郷の商人も同時に消息を絶ったということだ。あの男はその捜索の協力を求めてきた。このフォレストレイ侯爵家の事情を知った上でな」
父が話を続ける。
フォレストレイ侯爵家は、かつて戦の功績を認められ、侯爵位を賜った。
武を重んじる家だ。父も当主となる前は、騎士団の1つで団長を務めていた。
フォレストレイ侯爵家の男は皆、騎士となる。
領地には屈強な私兵団を持つ。
僕がこのフォレストレイ侯爵家に預けられたのも、王家とのパイプとなる為だろう。
しかも、父は現在、国防大臣である。
既に父の耳には届いていて、調査も行われているはずだ。
にもかかわらず、ルカ・メレディスは父と会い、協力を仰いだ。
何より、魔王国の宰相が言ったことは真実であったようだ。本当に、聖騎士達は姿を消した。




