114話 フォレストレイ侯爵家 二
母は、穏やかな口調のままだった。
ただ、静かに怒っている。
悪いのは僕なので、黙って聞いているしかない。
それが昼前まで続いた。
その後は、自分の部屋で謹慎するよう言い渡されたのだった。
謹慎というものの、僕は僕の部屋がまだ存在していることに喜んでいた。
部屋は全く変わっていない。僕が屋敷を出た時のままだった。
グレンやイネスに会うことなく、夕刻のまだ早い時間に、父に次いで、兄二人も屋敷へ戻ってきた。
おそらく、まだ、仕事は終わっていないだろう。
戻ってきて問題ないのか、心配になる。
次兄は、そもそも、屋敷にあまり戻ってこない。宿舎があるので、そこにいるのだ。
「アマリアが私の言いたいことも言ったであろう。私から言うことはない」
父が腰を下ろす。アマリアは、母の名だ。
「ご迷惑をお掛けし、申し訳ございませんでした」
僕は三人にも頭を下げた。
「まさか、戻ってこられるなんてな。こんなこと、聞いたことがない。もう二度と、会えないと思って、い、た……」
次兄、ジェロームが目に涙を溜めて、その声も震えている。
22歳になる聖騎士が泣かないでほしい。
僕のせいなので、文句は言えない。
「コーディ、本当に戻ってこられてよかった」
長兄、ウィリアムが言う。
「申し訳ございませんでした」
僕は再度、三人に謝った。
「これから、どうするつもりだ?」
父が問いかけてくる。
「騎士を目指すつもりです。ただ、この屋敷は出るつもりでおります」
「そうか。騎士団には推薦状を書いてやろう。しかし、すぐでなくてもよかろう。しばらくは、アマリアの為にも、ここにいるといい」
「僕には、グレンやイネスの他にも、仲間がおります。その者達と共におります。それに推薦状は要りません。僕は自分の力で騎士になります。今はその為の準備として、仕事をしております」
ここに滞在することをルカに無断で決めるわけにはいかない。それに、騎士になるといっても、この国の騎士ではなく、魔王国の騎士である。
罪悪感もある。僕は、既にこの国を裏切っている。
「わかった。困ったことがあれば、私達を頼るといい。ただな、ここにしばらく滞在するくらいはできるだろう? 他の者達も客として迎えよう」
「相談してみます」
「なぁ、コーディ、どうやって、戻ってこられた?」
ウィリアムが僕を見据えて言う。
「生贄を要求した覚えはないと、魔王から追い出されました」
聞かれるとは思っていたことだ。
信じるかはわからないが、事実を言った。魔王国からしても、異例であるようなので、他にも理由があるのかもしれない。
「魔王に会ったのか!? どんな奴だった!?」
ジェロームが身を乗り出して、聞いてくる。目は赤くなっていて、鼻水が光っているが、指摘できる状況ではない。
「全体的に黒く、人型でした。魔力は飛んでもなく多く、僕達一人一人の魔力がほんの微々たるものに思えるくらいです」
魔王国側からは、魔王国や魔王について、口止めされていない。
ただ、魔王国の民だということは内密に、というだけだ。それも、一回言われたのみ。
闇魔法を使えることも、口止めはされていないのだ。
勿論、何でもかんでも話すようなことはしない。
試されているのかもしれない。言ったところで何ともないと思っている可能性もない訳ではないが。
僕達に求められているのは、諜報活動なのか。
僕達はそれについては素人だ。その分野でもっと優秀な者もいるだろう。
そのような者達でも捜せないということなのか、僕達への試験としてなのか。
その辺りは考えても仕方のないことだ。
黙り込んでいたジェロームが、
「私達では敵わないということか?」
と愉快そうに言う。
「そうですね。魔法を使わず、剣だけで強力な火炎魔法に突撃するようなものです」
「それは、黒焦げだな」
感情豊かなジェロームは、笑い声を上げる。
兄は外では模範的な聖騎士を演じている。こんな姿を見せるのは、身内と特別親しい者のみだ。
ただ、笑いごとではない。実際に王国と魔王国が戦争になれば、王国がどうなるかわからない。魔王国次第だろう。
本当に王国の国土が黒焦げになる恐れもある。
魔王国の民となったとはいえ、そのような事態は決して、望まない。
僕には、魔王国の真意がわからない。
そのような国の王とされたメイの立場も危惧している。
「ルカ・メレディスという男を知っているか?」
今まで沈黙していた父が唐突に口を開いた。




