113話 フォレストレイ侯爵家
僕達は一度、宛がわれた部屋へと向かった。
3階建ての瀟洒な屋敷だ。裏手に庭もある。
王都の中心から程近い平民の富裕層が住むエリアだ。
屋敷の前には比較的大きな通りがある。
部屋には既に家具が備え付けれており、すぐにでも使用できる。
魔王国で使っていた部屋には劣るが、家具は品質がいい。十分すぎるほどの部屋だ。
魔王国から受ける待遇は身の丈に合わない気がする。
屋敷には使用人がおり、部屋までの案内も彼らから受けた。
この国で貴族として生活していたときと変わらない。
ただ、王国に戻ってくると、魔王国との違いを実感する。
魔王国に攻め込まれていれば、王国は一溜りもなかっただろう。
王国が勇者を、生贄を魔王国に献上していたのも、分からない訳ではなかった。
それに、平民のミアを除いて、僕達貴族には王国を護る義務があった。
生贄となることで、王国が護られるなら、喜んで身を捧げるべきだ。
頭で理解していても、実際に友人が選ばれれば別だった。
結局、王国を裏切ったようなものだ。
もう、王国貴族の資格はない。
早々に王位継承権も放棄したいところだ。
家族には悪いと思う。血の繋がった王家の者達ではなく、フォレストレイ侯爵家だ。
僕を本当の家族として育ててくれた彼らに僕は恩を返せない。
むしろ、王国を裏切り、魔王国の為に動くのだ。
それなのに、また、フォレストレイ侯爵を頼ろうとするなんて、虫が良すぎる。
何より、やろうとしていることは騎士ではなく間諜のような仕事だ。
家族に会いたくない訳ではない。
一体、一人で、何の言い訳をしているのか……
一からやり直す。ここから、新たに始める。覚悟を決めるしかないのだ。
家族に会うとすれば、できるだけ内々にしたい。
僕達が王都にいることはまだ、知られていないはずだ。
玄関ホールに行くと、既にイネスが待っていた。
イネスは、珍しく長い髪を下ろし、薄いピンク色のドレスを着ている。
貴族令嬢ではなく、裕福な商家の令嬢のような装いだ。
僕も同じく、商人のような装いだ。
部屋にはいくつかの衣服が用意されていたのだ。
僕より、少し遅れて、グレンが来る。
貴族然としたグレンの姿が見えた瞬間、イネスが着替えてくるように言い、部屋に戻すという一幕があったものの、フォレストレイ侯爵家へ向かうのだった。
僕達は歩いて、フォレストレイ侯爵家を目指す。
三人共、帽子を被り、できるだけ、雰囲気を変えている。
向かう先は貴族街なので、知っている人物と会わないとも限らない。
その心配は杞憂に終わった。
フォレストレイ侯爵家王都別邸の裏門が見えている。
僕が住んでいた屋敷だが、もう、ここに住む資格はないと、拒絶されているように思える。
だが、今更、引き返せない。行くしかない。
僕を先頭に三人で門の前に来る。
ここで、誰だと問い詰められたら、軽くショックを受けそうだ。
「コーディ様!」
門番が唐突に声を上げる。
その門番は見知った男だった。普段、こんな声の掛け方はしてこない。冷静な男だ。
門番は非礼を詫び、僕達に門を通す。
忘れられていなかったことに安堵した。
実際には数か月だが、屋敷を出て、随分経ったような印象だった。
裏口から屋敷内に入ると、皆、驚いた表情を浮かべる。
屋敷の者達を驚かせてしまって、申し訳ない。
本来であれば、事前に知らせておくべきことだ。
執事に言付けを頼み、フォレストレイ侯爵と二人の兄を待つ。
フォレストレイ侯爵は登城していて、留守だ。兄二人もいない。
出直すべきだが、僕の前に母が、侯爵夫人が姿を見せた。
母と言っても、僕とは血の繋がりはない。
母だけではなく、フォレストレイ侯爵家の誰も僕とは血縁関係にない。
しかも、勝手を言って、飛び出したのだ。
見放されても当然のことだ。それなのに、実際にそうなると思うと、怖いのだ。
僕はこれまで、母とどう話していただろう。
どう声を掛けていいのか、戸惑っていた。
「コーディ、戻ったのですね。お茶の用意をさせましょう」
当たり前だが、変わらない母。屋敷を出て、何年も経った訳ではないのだ。
変わったのは、心象ぐらいだ。
母は、怒っているように見える。
声を荒げて怒る人ではない。ただ、穏やかであるが、毅然とした人だ。
表面上はわかりづらい。
ただ、視線やスカートを掴む手が二番目の兄が問題を起こしたことを知った時の母の様子と同じだ。
その後、兄は、母に呼びつけられていたことは知っている。
僕は、できるだけ、迷惑を掛けないように過ごしてきたつもりだ。
今回、唯一、父と母に反抗した。
もう、戻らない。もう、迷惑を掛けることもない。そう思っていた。
なのに、戻ってくることになった。
本当に、合わせる顔がない。
「お久しぶりです、フォレストレイ侯爵夫人」
僕が何も言えずにいると、イネスは淑女の礼を執り、挨拶する。
「グレンさん、イネスさん、お久しぶりですね。ゆっくりしていらして」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます」
イネスの言葉を聞き、母は使用人にグレンとイネスの案内を言いつける。
「コーディ、あなたとは話があります。私の部屋へ来なさい」
母が穏やかな口調で僕に言う。
グレンとイネスは早々に、行ってしまう。
僕は母について行くことになった。
 




