112話 王国王都への帰還
メイには会わなかった。
メイから僕を訪ねてくるとは思えないが、僕からというわけにもいかない。
王国への出発当日は剣術の鍛錬もない。
未だに、どこかでメイと出会わないかと、彼女を捜してしまう。
すぐに諦めることはできそうにない。
彼女と遠く離れるのは、いいことかもしれない。
僕達を部屋まで迎えに来たのは、知らない男だった。
僕より2、3歳年上だろう。淡い金髪に、紫の瞳をしている。
「宰相様からのご命令により、お迎えに上がりました」
畏まった口調で、
「私は、メルヴァイナ・メレディスとリーナ・メレディスの従兄で、名をルカ・メレディスと申します。今後ともよろしくお願い致します。それでは、参りましょう」
言うや否や、彼は即座に踵を返し、歩き出す。
部屋の外では、グレンが待っていた。
その後、イネスとミアの部屋に寄り、一度来たことのある転移魔法を使用する為の部屋へと連れてこられた。
「私が王国までお連れ致します。その後、私も王国に留まることになります。尚、あなた方が早く転移魔法を習得できるよう協力致します」
そう言うと、転移魔法を発動させた。
一瞬にして、別の部屋へと移動していた。
もう何度か体験しているが、未だに、興味をそそられる。
この魔法を習得できるのだろうか。
ミアはまたも、窓に駆け寄り、外を眺める。
窓からは、王城の一部が見えている。距離は離れているが、確かに、王国の王城だ。
二度と戻ることはないと思っていた王都へ戻ってきたのだ。
ただ、特に感慨深いということはない。
家族に会いたくない訳ではない。ここを離れてそれ程経過していないこともあるが、どうしても、グレンやイネスを見捨てた国だという印象が強くなる。
前とは立場が違っている。
もう、僕は王国貴族ではない。
これからどう動くか、方針を立てなくてはならない。
今、僕達がこの王国でどういう扱いとなっているのかも気になる。
僕達の様子を眺めていたルカ・メレディスが口を開く。
「君達より年上だが、私のことは気軽にルカと呼んでくれたまえ。ちなみに私は65歳だ。メルヴァイナよりも年上だよ。長い付き合いになるだろうね。本当に、宰相様はこき使ってくれる。ああ、これはこちらの話だ」
急に、距離が近くなった。
こういうところは、メルヴァイナに似ているように思う。
というより、65歳と聞こえたのは、聞き違いだろうか。
それでは、僕の両親やドレイトン先生より年上になってしまう。
彼はどう見ても、僕達より少し年上といったところだ。
まあ、僕達が年を取らないから、本当に65歳でもおかしくはないのかもしれない。年を取らないことの実感はないので、まだ、懐疑的ではあるが。
「あの、ボク達はどうすればいいんですか? ルカ様」
上機嫌のミアが快活にルカへ質問をする。
「今日は自由に過ごすといいよ。家族と過ごして来ればどうかな? 明日からは、君達が思うように調査を進めてくれたまえ。多少の失敗の後始末はできる。独自の視点でやってみるといい。小さな事でも何かわかればすぐに知らせてくれ」
「はい! わかりました!」
元気よく、ミアが答える。
「よろしい。ああ、それと、魔法の訓練もしていくよ。滞在場所はここでもいいし、どこでもいい。ここの部屋へは案内してもらって。それじゃあ、解散」
ルカは颯爽と去っていく。
その姿を見つめながら、
「これでいいのかしら」
イネスが呟く。
「あ、あの……」
ミアがおずおずと口を開く。僕達に訴えかけるような視線。
ミアが言いたいことの予想は付く。
「ミア、家族の元へ戻ってくるといい」
「いいんですか……?」
「勿論だ」
「ありがとうございます!」
そう言うと、ミアは部屋を飛び出して行ってしまった。
本当はずっと家族に会いたかったのだろう。
「コーディ、お前も戻っていいぞ」
グレンは何でもないように言う。グレン自身には公爵家に戻る気はないだろう。
「メリットがあるならそうする。聖騎士の兄には聞きたいこともある」
「それはいいと思うわ。フォレストレイ侯爵家へ行きましょう」
「何としても、挽回したい。グレン、イネス、協力してほしい」
「そうね。勿論、協力するわ。メイのこと、諦めないのでしょう?」
「諦めない、か……あんな姿を見られて、しかも、何の役にもなってない。断られて当然だった……」
「コーディ、弱気ね。本当にあなたらしくないわね。そんなこと、まだ、気にしていたの? 大した事はないでしょう。大怪我を負っていたのだし」
あの場はどうしようもなかった。僕より強いメルヴァイナやライナスでも対応できなかった。
人間なら死んでいた。魔法で切り刻まれたのだ。メイも僕自身も。
大怪我というレベルでもない。一回死んだような、そんな感じだ。
「それは、わからない訳では……ただ、メイには……」
「それじゃあ、余計に情けないわよ。ただ、拘束されているのを見られただけでしょう。すっぱり忘れることよ」
「ああ、気にするな。どうでもいいことだろ」
イネスとグレンの言う通り、死ぬことに比べれば、大した事ではないとは思う。
メイに見られていたことがわかったときは、死にたいと思ったが。
「確かに、死ぬよりは……拷問室で全裸で手足を拘束されていたくらい……」
「……」「……」
二人は絶句してしまった。
励ましてくれるのではないのだろうか。
しばらく無言だった。
詳しい事情は知らなかったらしい。
「それは……ひどい……」
二人が同情の眼差しを向けてくる。
「メイは気にしてないわよ。きっと。それでフラれた訳ではないわよ」
「僕に興味はないだろうから……」
僕を見るイネスの目が冷たくなってくる。
「そんなうじうじしている奴が一番、嫌いなのよ。そもそも、政略結婚じゃないのよ。役に立つ立たないじゃないでしょう。一度、フラれただけでしょう」
「わかっている。気にしても仕方ない」
「まあ、いいわ。それと、言っておくことがあるの。メイと仮契約をしたわ。これから、訓練していくわ」
「ああ、それはわかっていた」
「俺と、あの獣人もな。もっと、戦えるようになる。屈辱的なのはお前だけじゃない」
「そうね。何でもできると思っていた、傲慢なあなた達のプライドなんて、へし折れればいいのよ。失敗するし、間違えるし、完膚なきまでに負けるし、恥ずかしい思いもするし」
「イネス、言いたい放題言ってくれるな」
「騎士学校で、いつも、あなた達に護られていたのはわかっていたわ。あなた達に勝てないことも。でも、今は違う。魔王国で騎士になってみせるわ」
悔しかったという事だろう。僕は早いうちから騎士団から声が掛かっていて、騎士学校を卒業すれば、騎士となる。当然だと思っていた道を進んでいく。イネスにはそれはない。狭い世界で自惚れていた。
騎士になれば、僕より強い騎士は大勢いるだろう。
魔王国では更に強く優秀な者達がいる。
「負けて、吠え面をかくといいわ」
イネスにしては、汚い言葉で罵ってくる。
僕は笑い声を上げた。
「今回、しくじれば、騎士の夢も遠のく」
「そうよ。後がないの。あなた達もよ。わかっているわね」
イネスが僕達を睨みつけて言う。
「わかっている」
「これから、フォレストレイ侯爵家へ行くわよ。準備して来なさい」
イネスは横柄な態度で僕達に言ってきたのだった。




