110話 彼らとわたしの決断 四
わたしはソファの上で蹲っていた。
ちらっと前を見ると、メルヴァイナとライナスがいる。
「メイさま、仕方ありませんよ。あの子のことは。メイさまが気にされることではありません」
メルヴァイナが気遣わしげに言ってくる。
メルヴァイナは全部、わかっているのだろう。わたしが本契約をしなかった理由を。
わたしは剣術の鍛錬をサボった。コーディ達も一緒だからだ。すぐに会うのは、気が引けた。
わたしは気を紛らわせようと、ゴホールの授業を受けたその後のことだ。
「あの子は大丈夫ですよ。これまで通り、接すればいいかと思います。メイさまが距離を取りたいというのでしたら、それも仕方ありませんが」
「距離を取りたいわけじゃありません……できれば、これまで通り……」
「ただ、あの後は、居たたまれなかったがな」
ライナスが口を出してくる。
「ラ、イ、ナ、ス」
低い声を出すメルヴァイナがライナスを睨みつける。
わたしは二人をぼーっと見ていた。
「コーディは本契約がしたかった? でも、それは……わたしには、やっぱり、できない」
仮契約ではすぐに解除が可能だ。この仮契約でコーディにわたしの魔力を供給しているらしい。
簡単に解除できる仮契約では不安になるのも、無理はないと思う。
これからはこの魔王国で生きていくのだ。不安にもなるに決まっている。
彼らはもう、この魔王国から逃げられない。
これでよかったのか……?
「何とかなりますよ、メイさま。何事もなかったように振舞えばいいと思います」
「それは、そうかもしれません……」
そう答えるが、コーディとイネスにはできれば、今日は会いたくない。
さっきは私の気持ちを誤魔化せたと思う。
でも、さっきは宰相もドリーもいた。緊張する場面で、色々、気が回っていなかった。
そうでなければ、本当に、何事もなかったようになんて、振舞えるのか?
せめて、明日にしてほしい。
この後、今日は、部屋に閉じ籠っていよう。
偶には、逃げさせてほしい。結構、逃げているかもしれないけど。
「結婚のことは、私もイネスから聞きました。仕方ないことだと思いますよ。どうしようもないでしょう。私にはよくある話ですから、気にしていては身が持ちません。これで終わりにして、気持ちを切り替えてください」
メルヴァイナでもよくあることか……
メルヴァイナも失恋するんだ……
メルヴァイナは魅力的だと思う。強引に迫って、逃げられたのだろうか?
「忘れるようにします……」
もう諦めるしかないから、確かにどうにもならない。忘れるしかない。
わたしはコーディとイネスを祝福する!
「それがいいでしょう。これから、色々と大変になりますよ。漸く魔王さまとしてお披露目をと、宰相が申しておりました」
「お、お披露目、ですか? それって……」
わたしはよく王族とかが、バルコニーから手を振っている場面を想像した。
考えただけで、緊張してくる。なんだか、トイレに行きたくなってきた……
次から次へと、何なのだろう。
命の危機でないだけ、ましかもしれないけど。
「もちろん、新たな魔王さまの誕生を国民に知らしめるのです! 100年ぶりのことですから、それはもう、国を挙げて盛大に行われることでしょう!」
「……」
盛り上がるメルヴァイナをよそに、わたしの気は沈んでいく。
騙されているんじゃないかとも思ったが、わたしが魔王だというのは、嘘か本当かで言えば、本当の方に大きく傾いている。
「メイさま? もしかして、街に遊びに行けなくなることを気にしてますか? 大丈夫ですよ。顔を出さなければいいのです。前の魔王さまもそうされていたそうですよ」
気にしてなかったけど、確かにその通りだ。街に行けないのは困る。
「国民の前に出なくていいということですか?」
「いえ、顔は隠していていいということですよ」
……
だめだ……また、緊張してきた……
想像してしまう。大勢の人達の前に晒されているわたし。
顔にはモザイクか、目の上に黒い線が……
なんだか、犯罪者になった気がする。
って、何を考えているのか……
「ああ、お披露目の衣装はどうされますか? やはり、黒ですか? 私にお任せください。素晴らしい衣装を用意します」
メルヴァイナが目を輝かせている。
全て任せたら、とんでもないことになりそうだ。
そんなとんでもない衣装なら、宰相がドリーが止めてくれるとは思う。
でも、一抹の不安が……
「わたし、着たい衣装があります! また、今度、話し合いましょう!」
「もちろんです! ご期待に添えるよう尽力しますよ、メイさま」
「それで、そのお披露目はいつなんですか?」
わたしはちょっと、身構えていた。こういう場合、明日とか言われそうだから。
「半年後ですよ。短いので、のんびりしているとすぐにその日が来てしまいます」
常識的な答えが返ってきたので、逆に少し面食らう。
ただ、そのお披露目からは逃げられそうにない。
元の世界に戻るまでは、ここで魔王としてやっていかないといけない。
これでよかったのだ。
この世界の人を好きになってはいけない。
目的を忘れてはいけない。
わたしは元の世界に戻る!




