11話 嫌な予感
わたしとミアは大いに寝坊した。
目を覚ましたのは、日もすっかり昇った頃だった。
色々あったし、今日はしょうがないと自分に言い訳する。
既にイネスはベッドにいなかった。
横には、未だにすやすや眠るミアの姿がある。
起こすのはかわいそうなので、そのままにして、とりあえず、着替えた。
そのタイミングで、イネスが部屋に戻ってきた。
「出発は明日にすることにしたわ」
戻ってくるなり、唐突にイネスが言う。
「明日?」
「ええ、だから、今日が最後の訓練」
「そっか……」
明日でお別れ――。胸が締め付けられる。
でも、明日は笑顔で送り出そう。
「じゃあ、剣を持って。これから訓練よ。十分寝たでしょう。来なさい」
「は、はい」
わたしは急いで、短剣を掴んで、イネスの後に続いて、中庭に行く。
また、厳しいイネスによる剣の訓練が始まった。
もう最後だからか、イネスの指導にさらに力が入っている気がする。
休憩のタイミングで、
「大変そうですね、メイさん」
アリシアが声を掛けてきた。
「アリシアさん」
「もう、お聞きしましたでしょうか。勇者様方は、明日、出発されると」
気落ちしたようなアリシアにわたしは頷いた。
アリシアの辛い気持ちはひしひしと伝わってくる。
「明日は一緒にお見送りしましょう。アリシアさんも、笑顔で」
「ええ、そうですね。わたくし達より、勇者様方の方が……ですが……わたくしは……」
アリシアの声が震える。
アリシアは俯いて、スカートをぎゅっと握りしめている。
「アリシアさん……」
「メイさんは強いのですね……わたくしは、どうすればいいか、わかりません……もう、グレン様に会えないかもしれませんのに……」
悲壮なアリシアの様子が切ない。
「わたしも悲しいけれど……悲しいからって、悲しい顔をしていると、皆、悲しくなってしまいます」
「仕方のないことなのはわかっております……」
「はい」
「メイさん、明日は一緒にいてください」
「わかりました」
アリシアはわたしの手を取る。
「わたくしの戯言を聞いてくださって、感謝致します」
アリシアは、無理やり笑って見せると、去っていった。
「アリシアと仲がいいのね。今後、何かあれば、力になってくれると思うわ」
いつの間にか、すぐ傍にイネスがいた。
「訓練再開よ」
「はい、イネス。頑張ります」
イネスに認められるように、わたしは張り切って、短剣を振るった。
訓練の途中、どこからか、鐘の音が聞こえてきた。
時報の鐘にしては、やけにけたたましい気がする。
「この鐘は?」
わたしが呟くと、
「警報の鐘だわ。何か、緊急事態が起きたのね」
イネスは普段の口調で怖いことを言ってきた。
「ええ?! それって、大変なんじゃあ。避難とかした方がいいの?!」
「わからないわ。火の手は上がってないようだけど。玄関ホールに行ってみるわ」
イネスが駆け出したので、わたしも何とかついていく。
その玄関ホールには、グレンやコーディ、ミアの他に、屋敷の関係者も多数いた。
「何があったの?」
「イネス、街に魔獣が出たそうだ」
イネスの問いにコーディが答えた。
「街に?」
「僕も詳しいことはわからない。しかも、一箇所だけではないという話だ」
「どういうこと? こんな大きな街に魔獣なんて、聞いたことないわ」
「これから、僕が確かめてくる。ここで待機していてほしい」
「ちょっと待て、コーディ。お前が行くことはない。聖騎士に行かせる」
グレンが押し止めようとコーディの肩を掴む。
グレンは、屋敷の入口近くに目をやった。
そこには、わたしの想像通りの騎士の姿があった。
「おい、聖騎士。安全確保の仕事だ。魔獣の出現位置、数、被害、この屋敷の安全性を調べて、報告しろ。勇者の命令だ」
グレンがその聖騎士達に命じる。
なんて尊大な勇者なんだろう。
「かしこまりました」
聖騎士の一人が答え、その聖騎士の指示の元、10人の内、6人の聖騎士が屋敷を出ていく。
聖騎士は、勇者の命令に従うらしい。
「イネス、魔獣って?」
「魔力を持った獣よ。見たことないのね。一体でも中々手強い相手よ。騎士学校の実習で戦ったことがあるわ。被害が出ていないといいのだけれど」
「そんな手強い魔獣が街の中に?」
「街には警備隊もいるし、ゼールス卿の私兵や魔獣退治専門の民間人もいるわ」
「魔獣は魔力があるってことは、魔法が使えるんですか?」
「ええ、属性魔法を使うわ」
「属性魔法?」
「魔法の根源は、火、水、風、土。それぞれの個体に備わった属性と最も合う根源の力を強く使用できるの。ちなみに、水の魔法が得意よ。グレンは、火。コーディは、風。他の属性も使えないことはないけれど、ひどく弱くなるわ」
「じゃあ、火の属性の魔獣なら、火の魔法を使うんですね。街の中でそんなのを使われれば、火事になりませんか?」
「そうなるわ。もう倒されていればいいわね」
わたし達は、玄関ホールでただ、待つだけだった。
警備隊のランドル達も戦っているのかもしれない。
もどかしい時間だった。何もすることはなく、知らせを待つだけなんて。
わたしの場合、駆けつけても、魔法を使うような魔獣に勝てっこない。
イネスに剣の訓練をしてもらっているが、あくまで護身の為だ。
だから、待つしかない。
それが変わったのは、それから感覚的には30分程経った頃だった。
最初に反応したのは、ミアだった。
「何か嫌なものが近づいています」
ミアがそう言ったすぐ後、屋敷の近くから、何かが崩れるような音が聞こえてきた。
しかも2箇所から相次いで聞こえてきた。
屋敷の中は、騒然となった。
屋敷の人達も逃げ出す方がいいのか、留まる方がいいのか判断がつかないようだ。
「メイ、僕達から離れないようにしてください」
コーディからは逼迫感が伝わってくる。
「アリシアさん達は?」
「ゼールス卿の執務室にいらっしゃいます。避難通路もありますし、護衛も付いています」
その時、出ていた聖騎士の一人が戻ってきた。
「街中で複数、現在確認したところでは5箇所で魔獣が出現し、交戦中。実際にはもっと多いと思われます。民間人や家屋に被害が出ている模様。5箇所とは別に、この屋敷の周辺で2箇所、新たに魔獣が出現、この屋敷も安全とは言えません。新たに出現した魔獣に当たる者がおりません。応援を要請致します」
「こんなところまでだと?」
残っていた聖騎士の一人は驚くような口調だった。
「はい。この目で見ました」
「ここまで侵入を許したのか! 街の警備隊は何をしている!」
「早く対処しなくては、被害が」
「わかった。我らはその2体の魔獣の対処だ」
「ふっ。俺も出てやろう。魔獣か。俺が切り刻んでやる」
意外にも、グレンが乗り気で、勇ましく声を上げる。
「しかし、グレン様。あなた様は勇者ですので」
そんなグレンを聖騎士は止めようとする。
「ああ、俺は勇者だ。この俺が魔獣ごときに負けると?」
「いいえ、そのようなことは――」
「なら、俺に口答えするな」
グレンは堂々とした様子で入口に向かっていく。
「グレン、行くわ。コーディ、あなたは責任を持って、メイを護りなさい」
イネスはグレンを追っていく。
「コーディ、二人は大丈夫?」
「あの二人なら、魔獣相手でも問題ありません。聖騎士もおります」
わたしは屋敷を出ていく、グレン、イネス、聖騎士達の後ろ姿を見ていた。




