109話 彼らとわたしの決断 三
宰相に続いて、部屋に入る。
ここに入るのは初めてだ。
部屋は無数にありそうなので、仕方ないだろう。
そもそも、部屋というような大きさではない。
玉座の間に比べると随分狭いが、それでも十分な広さはある。
窓から入る自然光を再現したような明かりは、どこか、王国にあった小さな教会を思い出す。
内装はその教会と比べるべくもなく、豪華だ。
それでも、金ぴかの嫌らしい感じはない。
少しだけ高くなった場所には、立派な椅子が置かれている。
アットホームな謁見の間のような感じだ。
宰相に促され、わたしは多少、躊躇するが、逆らえず、椅子に着く。
既に、魔王四天王はわたしの左側に控えている。逆側には、宰相とドリー。
わたしと向かい合うように、コーディ、イネス、ミア、グレンの四人がいる。
随分、距離が近い気がする。
「さて、王国に帰るのか、それとも、この魔王国で暮らすのか、結論をお聞かせ願えますか? ここで出した結論を覆すことはできません。王国に帰るのでしたら、すぐに帰っていただきます」
そう言う宰相の声はいつもより、低く感じる。
「僕の考えは変わりません。僕はここ魔王国で暮らします」
コーディははっきりとそう言った。
「俺もここで暮らす」
グレンがぶっきらぼうに言い切る。
「勿論、聞かれるまでもないわ。ここに残るわよ」
「ボクも魔王国で頑張ります」
四人共、この場で悩んだりする様子が一切ない。
宰相は鷹揚に頷く。
「では、こちらにサインを。今後、許可なく、この魔王国から出ることを禁じます」
ドリーが一人ずつに書類を差し出し、サインをもらっている。
四人のサインが終わると、ドリーが宰相に合図を送る。
「では、この魔王国の一員として歓迎致します。今後の生活は保障致しましょう。無論、この魔王国内での基本的な自由は認めております」
こうして、あっけなく、結論が出た。わたしが口を挟むこともなく。
というより、一声も出していない。
もう、彼らがサインしてしまった以上、取り消しはできないだろう。宰相が許すとは思えない。
もう一度、わたしから確認すべきだったのかもしれない。
まぁ、何にしても、もう遅い。
それより、わたしはコーディに話さなければならない。
コーディは、きっと、断るに断れなかっただろう。だって、ドリーに言われたから。
わたしは、そこまで考えてなかったからというのと、ドリーに言われたから、本契約をすることに賛成した。
でも、イネスのことを考えると、間違っている。
「コーディ、あの、わたしから話があるんです」
わたしは椅子から立ち上がり、コーディに近づいた。
「はい、どうぞ」
コーディは柔らかな表情だ。
「わたしと本契約をするということになっていましたが、やっぱり、止めたいんです」
わたしは、直球に、はっきりとコーディにそう言った。
「もちろん、仮契約はそのままにしておきます。解除することもありません。一度、口に出したことを取り消してすみませんでした」
わたしは頭を下げる。
「わかり、ました」
コーディの声が聞こえる。
ちょっと、言葉が足りない気がする。でも、コーディはちゃんとわかってくれたと思う。イネスのためだ。
もちろん、具体的な説明なんて、できるわけがない。
わたしの気持ちをコーディに言えるわけがない。
それに、本人から結婚のことを何も聞いてないのに、そのことをわたしが言えるわけがない。
しかも、わたしがそれを知った理由。わたしは盗み聞きをしているのだ。
なんだか、ばつが悪い。
「すみません、先に失礼します」
立ったままだったので、そのまま、部屋を出てしまった。
部屋を出たところで、わたしはまた、後悔した。
余計に印象悪い……
しかも、次に会った時、何て言えばいいのか……
閉まった扉を恨めし気に見つめた。
わたしはソファの上で蹲っていた。
ちらっと前を見ると、メルヴァイナとライナスがいる。
「メイさま、仕方ありませんよ。あの子のことは。メイさまが気にされることではありません」
メルヴァイナが気遣わしげに言ってくる。
わたしは剣術の鍛錬をサボった。コーディ達も一緒だからだ。すぐに会うのは、気が引けた。
わたしは気を紛らわせようと、ゴホールの授業を受けた。
その後のことだ。
「あの子は大丈夫ですよ。これまで通り、接すればいいかと思います。メイさまが距離を取りたいというのでしたら、それも仕方ありませんが」
「距離を取りたいわけじゃありません……できれば、これまで通り……」
「ただ、あの後は、居たたまれなかったがな」
ライナスが口を出してくる。
「ラ、イ、ナ、ス」
メルヴァイナがライナスを睨みつける。
わたしは二人をぼーっと見ていた。
「コーディは本契約がしたかった? でも、それは……わたしには、やっぱり、できない」
仮契約ではすぐに解除が可能だ。この仮契約でコーディにわたしの魔力を供給しているらしい。
簡単に解除できる仮契約では不安になるのも、無理はないと思う。
これからはこの魔王国で生きていくのだ。不安にもなるに決まっている。
彼らはもう、この魔王国から逃げられない。




