108話 彼らとわたしの決断 二
わたしは、コーディに結婚してほしくないんだ。
二人を祝福しないといけない。
わたしはコーディと一緒にいたかった。
でも、それなら、友達でも、兄妹でもいいはず。
単に、二人が結婚してしまうと、構ってもらえなくなるからだろうか?
小さいころ遊んでくれていた年の離れた従姉が結婚して、疎遠になってしまったように。
胸が詰まる気がする。
なんだか、よくわからない。
コーディはイネスと結婚する。
二人はお似合いだ。
それなのに、わたしがコーディと結婚したかった?
そもそも、コーディと付き合ってすらいない。
でも……
わたしはコーディが好きだった。
それは、兄として、じゃない。
わたしはコーディを兄なんて、思っていなかったんだろう。
でも、これからは、ちゃんと、兄と思わないといけない。
好きだと自覚した瞬間、わたしは失恋した。
他に好きな人がいる人を好きになるなんて、わたしは馬鹿だ。
それに、この世界の人を好きになるのも。
そんなこと、絶対ないと思っていたのに。
しかも、彼の好きな人も、わたしにとって、大事な人だ。
諦める、一択しかない。
最初、こんな人を好きになるなんて、あり得ないと思っていたのに。
わたしとは釣り合わない、そう思っていたはずなのに。
コーディ、結婚しないで……
なんだか、自分が嫌だな……
二人を祝福できないわたしが。
自分が汚い存在に思えてくる。
諦めろ。忘れろ。
わたしの初恋は終わった。初恋なんて、そんなものだろう。
わたしは二人を祝福する。
それなのに、目頭が熱くなってくる。
涙を拭って、耐えた。
植込みの陰に隠れたまま、二人がいなくなるまで、そこに座り込んでいた。
誰もいなくなった庭園で、佇んだ。
独りだ。
綺麗だった庭園が物悲しく見えた。
わたしにできることは、わたしとの本契約を止めることだ。
結婚も契約だ。それなのに、わたしと契約と結ぶなんて、いいはずがない。
そう考えると、イネスも本心では、わたしとコーディの契約が嫌だったかもしれない。
迂闊なのは、わたしなんだ。
イネスを傷付けていたかもしれない。ずっと、そうだった。
翌朝、朝食後すぐに宰相とドリーに会いにいった。
少し寝不足な気がする。
あまり眠れなかった。なんだかんだ言っても、結局は寝たけど。
昨日のことは、昨日で終わりだ。
宰相とドリーには、昨日の内に話したいと伝えてもらっていたので、すんなりと会えた。
宰相とドリーとはそれほど、会う機会はない。
会うのは、問題が起きたときぐらいだった。
会う目的は、コーディがここに残るとしても、本契約はしないということを伝えるため。
これだけはちゃんとしないといけない。
そして、コーディとイネスを祝福するのだ。
もしかすると、この後、彼らに会ったときにそういう話があるのかもしれない。
……平常心でいられるのだろうか?
自分のことがわからない……
前にも一度、訪れた、魔王四天王と初めて会った部屋で、宰相とドリーを前にする。
ちょっと、緊張する。
今は、メルヴァイナやライナスもいない。
部屋には三人だけだ。
「魔王様、何か問題がございましたか?」
一向に話し出さないわたしを見かねたのか、宰相が問いかけてくる。
「あの、一昨日の、街から戻ってきたときの話なんですが、えっと、その、本契約の――」
「そちらについては、恙なく行いましょう。手筈は全て、私共が行いますので、心配されることはありません」
「いえ、そうではなくて、本契約を結ぶのを止めたいんです」
「あなた様がそうおっしゃられるのでしたら、止めて構いません」
「本当に止めるのですか?」
ドリーが納得いかないような表情で言う。
「はい。今すぐ、本契約を結ぶ必要はないと思います。仮契約のままでも、十分だと思います。仮契約は時間が経てば、切れてしまうとかはないですよね?」
「仮契約でも、魔王様の意思で解除しなければ、切れることはありません」
ドリーがはっきりと言い切るので、勝手に解除されたりしないのだろう。
「それなら、それで十分だと思います」
「かしこまりました。仰せの通りに致します。他にご用はございますか?」
宰相の目的から言えば、本契約を結ぶ方がいいとは思うが、宰相はあっさりと承諾してくれた。
「それだけです。他には特にありません」
「魔王様、私は準備がありますので、先に失礼します」
ドリーはゆったりとスカートの裾を持ち上げ、軽く会釈し、部屋を出て行った。
その優雅な様子に見惚れていると、部屋には宰相と二人きりになってしまった。
「お加減が優れませんか?」
よく通る宰相の声。
その声がいつになく優しげで、逆に強張ってしまう。
「いえ、そんなことはありません。ただ、コーディとイネスが結婚するという話を聞いて」
上がってしまって、いらないことまで話してしまう。
「そのような話は届いておりませんが」
「そうなんですね」
「それが本当でしたら、残念です。王配となれるよう、鍛えようと思っておりました」
そ、そんなことを……
それはそれでコーディがかわいそうな気がする。
ドレイトン先生と同じような気配がする。
「それでは、早急に別の者をご用意致しましょうか?」
宰相は至って真面目に言っている。冗談で言っているのではないのだ。
曖昧に濁すと本当に用意されそうだ。
「遠慮します! 不要です!」
というわけで、声を荒げることになった。
ちょっと、気分がましになった。
「少し、寂しくなっただけなんです。すぐに落ち着きます」
もし、宰相にわたしのコーディへの気持ちを知られたら、どうなるかわからない。
主に、コーディが。
何をされるかわからない怖さがある。
ある意味で、メルヴァイナやライナスよりも更に、怖い気がする。
「承知致しました。気が変わりましたら、いつでも、お知らせ下さいませ。それでは、そろそろ、参りましょうか」
「はい」
コーディ、イネス、ミア、グレンの四人の出した結論を聞きに行く。




