106話 1日前の苦悩
午後は、予定があるわけではない。
勉強は、今日も休みだ。
何をすればいいのか、わからない。
本当なら、四人に残ってもらう為に、魔王国に住むメリットとか、色々、見せないといけない。
な、何をすれば……
友達と遊ぶときって、何をしていたっけ?
あれ? そもそも、そんな親しい友達なんていなかった……
学校帰りは、家に帰るだけ。休日は引きこもりだった。
なんだか、悲しくなってきた……
涙が出そうだ。
そんなとき、ノックの音と同時に、
「メイさま」
メルヴァイナの声が聞こえてきた。
ドアを開けると、メルヴァイナはすかさず、
「ちょっと、出掛けませんか?」
というや否や、わたしの手を引いた。
「あの、どこに行くんですか?」
「前に行きました騎士団の演習場ですよ」
「また、いい男を探しに行くんですか?」
「それもいいのですが、今回は違います。コーディから頼まれたのです。この魔王国の騎士が見たいと。というわけなので、メイさまも一緒に行きましょう」
「どういうわけですか。わたしが行かなくてもいいと思いますが」
「お暇でしょう?」
もちろん、その通り、暇だ。することなんてない。
部屋で一人、いらないことを考えているだけだ。
わたしはメルヴァイナに流されて、結局、ついて行った。
午前中にいた庭園へとつながる扉の近くで、コーディが待っていた。
「メイ!?」
コーディが驚いたように声を上げる。
わたしが一緒に行くことをメルヴァイナは言っていなかったのだろう。急に思い立ったのかもしれない。
「メル姉に誘われたんです。邪魔なようなら、わたしは止めます」
「いえ、邪魔などではありません」
「それじゃあ、行きましょう」
わたしとメルヴァイナとコーディの三人で、騎士団の演習場を目指す。
「コーディ、イネスやミアは一緒じゃないんですね」
「はい。イネスとミアはライナスと出掛けるとのことです。グレンはティムと出掛けるようです」
「そ、そうなんですね……」
かなり珍しい組み合わせだと思う。
いつの間に仲良くなったのか。
というより、すでにわたしより馴染んでいるのではないか?
やっぱり、昨日のわたしの街の案内が全然、全く、役に立たなかったんだろうか?
そもそも、わたしが、彼らの心配をすることがおこがましかったのかもしれない。
よく考えれば、彼らの方が、わたしよりずっと、しっかりしている。
恥ずかしくて、居たたまれなくなってくる。
彼らに気を遣われていたのだろうか。
「メイ」「メイさま」
二人が考え事でぼーっと歩いていたわたしに声を掛けてくる。
「柱にぶつかりますよ。ほんの少し痛いだけなので、かまいませんが」
メルヴァイナはいい笑顔で言ってくる。
ぶつからずに済んだけど。
すぐ目の前に迫った柱を何事もなかったようにさっと避ける。
演習場に着き、メルヴァイナが簡単にコーディに説明している。
わたしが説明できることなんてないので、役に立たない。
まあ、メルヴァイナはどうでもいいことまで話している。どの騎士が好みだとか。
騎士の中には女性もいるから、イネスを連れてきてもよかったかもしれない。
実際には、予定があるようなので、無理だけど。
「わたしは向こうに行ってくるから、適当にしていてください」
メルヴァイナが突然、そう言うと、駆けて行ってしまった。
突然すぎて困る。一番好みの騎士でもいたんだろうか。
わたしはコーディと取り残された。
「僕は、この魔王国に残り、騎士になりたいと思っています。すぐには無理かもしれませんが、必ず、なってみせます」
コーディが強く宣言した。
「コーディなら、なれます」
コーディなら、実力ですぐに騎士になれるだろう。
といっても、どうやってなるのかわからないんだけど。
ライナスやメルヴァイナ達には今は、敵わないかもしれない。魔王四天王は特殊過ぎる。
魔王国の住民が全てあんなに強いわけではない。
わたし自身が最低ランクにあたるぐらい弱い。
その辺りは口に出すべきではないだろう。彼もわかっているはずだ。
「楽しみにしています。あの騎士服、絶対に、コーディに似合います」
「似合いますか?」
「はい、まあ、何を着ても似合うと思いますが。わたしは前の黒い服も好きですよ」
「え、あ、あれですか……」
コーディは何とも言えない表情を浮かべている。
あの黒い服、暗黒騎士をイメージした服を着るのは、相当、嫌だったのだろうか。
それは、ちょっと、ショックだ。
でも、嫌がる相手に無理やり、自分の好みを押し付けるのは、よくない。
「すみません。もう、あの服は処分してもらってかまいません」
「いえ、あの服が嫌なわけでは……その、僕の方こそ、すみませんでした」
「それはいいんです。押し付ける気はありませんので。それより、本心は嫌で嫌でたまらなくて、投げつけたいほど嫌だとか、切り裂きたいほど嫌だとか思ってます?」
そんなことで重い空気になるのも嫌なので、茶化して言った。
「本当に思っていませんよ」
コーディは優しい笑みを浮かべていた。
「本当ですか? なんだか、信用できないような。誤魔化されてる気が……わたしは絶対、あの服、いいと思うんだけど」
「本当ですよ。信じてください」
「信じてくださいという人を信じられません! それに、もう一度、あの服を着るとは絶対、言わないじゃないですか」
ちょっと不貞腐れたように言う。もちろん、多分な演技と、ほんの少しの本気だ。
「そんなことはありません。今の僕ではあのような服は不釣り合いだと思うだけです」
コーディはまた着るとは絶対に言わなかった。
うう……まぁ、いい……
「あの、メイ……」
コーディは先ほどとは打って変わって、真面目な顔を向けていた。
「どうしたんですか?」
「……」
わたしが聞くと、コーディは黙ってしまった。
何かわたしに言いたいことがあるのだろう。きっと、言いにくいことだ。
あの服はすぐに捨てますとか言われたら……たぶん、この話ではないだろう。
もっと、真面目な話だ。
あの服は絶対着たくないので、明日、王国に帰りますとか……いや、あの服のことはもういい。服とは関係ない話だろう。
わたしはじっと、コーディを見つめる。
一体、何を言われるのか……?
「いえ、その、何でもありません……」
待っていたのに、この言葉……
コーディにしてはなんだか、はっきりしない。
問い詰めてでも聞き出したいと思う反面、聞きたくないとも思う。
二人の間には沈黙が流れ、やがて、メルヴァイナが戻ってきた。




