105話 前勇者と剣術の鍛錬
朝、わたしはメルヴァイナとライナスを伴って、庭園を訪れた。
もちろん、ドレイトン先生による剣術の鍛錬のためだ。
久しぶりで、びくびくしてくる。
ドレイトン先生は、ライナスやイネスより、更に厳しい。
庭園にはドレイトン先生がいるのが見える。
ドレイトン先生に近づく足が重い。
逃げることはできないし、するつもりもない。
なにせ、わたしが頼んだ。別に誰かにやらされているわけではない。
おそらく、宰相にでも頼めば、すぐに止めさせてもらえるだろう。
それでも、怖いものは怖いのだ。
「魔王様、お久しぶりです。しっかり、鍛錬はされておりますか?」
ドレイトン先生がにこやかに話しかけてくる。
多分、ばれてる。絶対、ばれてる。サボっていたこと。
わたしを刺すような目が怖い。
わたしが答えあぐねているところへ、新たに四人が庭園へと訪れた。
いいタイミングだった。
わたしは彼らに、ここだと言うように手を振る。
「メイ、その方が?」
イネスがわたしの横に立ち、じっとドレイトン先生を見ていた。
「そうです。彼がドレイトン先生です」
「イネス・バーサ・デリンと申します。お目に掛かれて光栄です」
「フィンレー・テレンス・ドレイトンと申します。私が30年前の勇者ですよ。あなた方も勇者に選ばれ、災難でしたね」
ドレイトン先生は軽い口調で言う。
「あの、僕はコーディ・フィニアス・フォレストレイと申します。僕も、鍛錬に参加させていただけませんでしょうか。僕は余りにも弱いということを知りました。どうか、鍛えていただけませんか」
コーディにすれば、熱っぽく語る。
「宰相殿から伺っていますよ。歓迎しましょう。ただ、今日一日だけとは言わせません」
宰相の策略にドレイトン先生も噛んでいそうだ。
「感謝致します。今後とも宜しくお願い致します」
「ボクも一緒にいいですか? ミア・グラフと申します」
「勿論です、獣人のお嬢さん」
「ボクはワーウルフなんです。だから、力は強いです」
「そうですか。それは楽しみです」
ドレイトン先生はそう言った後、一人離れて立っているグレンに顔を向ける。
「あなたが私の甥ですか。弟、ドレイトン公爵は壮健でしたか?」
「もう、そんなことは関係ないだろ」
「弟を、あなたの父親を憎んでいますか?」
深刻になりそうな話なのに、ドレイトン先生の口調は割と明るい。
「何とも思ってない。どうでもいいことだ」
態度の悪いグレンは構ってもらえなくて、拗ねた子供のようだ。
「弟は堅物で、不器用なところがあった。ちなみに、剣で私に勝てたことは一度もない。それも、30年前の話だ。だが、今でも、あいつに負ける気はしない。勿論、嫡男なのに、勇者にされたことや公爵になれなかったことを妬んでいるわけじゃない」
ドレイトン先生の口調が変わっている。
「復讐したいのか?」
「否、むしろ、ありがたく思っている。こちらで、自由気ままに暮らせている。弟に悪いぐらいだ」
ドレイトン先生とその弟の関係はよくわからない。仲が良かったのか、悪かったのか。
「そうか。前勇者が俺の伯父だということは知っていた。もう、とっくに死んでいると思っていた。お前のことを直接、聞いたことはない。もう、一族からは忘れられたんだろう」
「二代続けて、ドレイトン家の勇者とは、名誉なのか、不名誉なのか」
その言葉に、グレンはふんっと鼻を鳴らす。
「ああ、申し訳ありません、魔王様。貴重なお時間を無駄にしました。では、怠けた分もしっかり行いましょうか」
う……やっぱりばれてる。話を戻された。
鍛錬の終わった後、わたしは案の定、庭園で座り込んでいた。
本当は、大の字で倒れたいところだ。
さすがに庭園で寝転ぶのは躊躇われた。
ただ、ミアは、寝転んでいた。
「ミア、大丈夫?」
「大丈夫……」
弱々しい声が返ってくる。
今日は特にきつかった。サボっていたせいもあるかもしれないが。
いや、絶対、いつもよりきつい。
ミアは、その巻き添えになった。
コーディとイネスとグレンもだ。三人は座り込んでいないまでも、汗を浮かばせ、辛そうだ。
ライナスは参加していたが、何でもない顔をしている。
メルヴァイナは端から参加する気がない。涼しい顔でわたし達を見ている。
てっきり、グレンは、ドレイトン先生と話した後、すぐにいなくなってしまうかと思ったが、そうではなかった。
「すみません。わたしがサボったせいで、ドレイトン先生が張り切ってしまったみたいです」
「いえ、問題ありません。これぐらいしなくては」
コーディの優しい声に、彼に視線が行く。
浮かんだ汗と上気した顔はなんだか、すごく、色気がある気がする。
美形は得だ。汗だくだろうとカッコイイ。
これ以上、見つめていてはいけない気がしてくる。
「あんなに強かったのかよ」
グレンがそうぼやいている。
グレンはドレイトン先生に挑んでいたが、悉く、敗北していた。
「情けないわよ」
イネスがグレンに言う。いつものように淡々と。嫌味なのか、よくわからない。
「人のことは言えないだろ」
「そうね。確かに、強かったわ。でも、負けないわ。騎士になるんだから」
聞こえてくる会話で、彼らがここに残るのが嫌になったわけではないことに安堵する。
久しぶりに、彼らと気兼ねなく、過ごした気がする。




