103話 魔王の休日 三
「あ、あの……」
リーナは俯き加減で小さな声を発する。
裏リーナではないようだ。外でリーナがメルヴァイナと一緒でないのは、珍しいように思う。
「魔王様の護衛をするようにと、お姉様から頼まれたのです」
何とか聞き取れるくらいの自信のなさそうな声。
「頑張りますので、よろしくお願いいたします」
リーナの声は小さいが、しっかり仕事をしようとしていることは感じられる。
可愛いし、魔力も高いようだし、自信を持てば、やっぱり、最強じゃないかと思う。
「しょうがないから、俺もついて行ってやる」
ティムは逆にやる気なさそうだ。メルヴァイナに言われて、強制的に来たんだろう。
すると、ティムはすぐに私の後ろ側へと視線を移す。
「兄貴! 兄貴の闇魔法、すごかった!」
ティムは目を輝かせて、飛びつくような勢いでコーディの前に出た。護衛対象のわたしを押しのけて。
これで転んで怪我をすれば、どうしてくれるのか。すぐに治ると思うけど。
ティムの関心の対象は闇魔法のみであるらしい。
闇魔法を全く使えないわたしは論外なのだろう。
すごく扱いに差がある気がする。
コーディはそんな突如慕ってくるティムに困惑気味だ。
「僕の魔法はメイと契約しているから……僕自身の力じゃないよ」
「契約は、単に魔力の供給だけだ。闇魔法の使用には関係ない。現に、魔王は魔力があっても、闇魔法が使えない。だから、それは兄貴の力だ」
「そうか……ありがとう」
「というわけで、兄貴、これから、よろしくな」
”これから”って、コーディを魔王国に残らせる気だ。
ただ、わたしは馬鹿にされてなかっただろうか。
「なんだ、お前。コーディにまとわりつくな」
それに、グレンまで加わった。
「兄貴は、お前のものじゃないだろ? お前には関係ない」
ティムはグレンに敵意をむき出しにしている。
「お前こそ、関係ないだろ。急に、手のひら反しやがって」
子供の喧嘩だと思うから、わたしは何も言わず、ただ、見ていた。
でも、コーディはわたしの兄だ。
というようなことを言い出したら、より面倒になってしまう。
「グレン、ティム、止めてくれ。全く、街を案内してもらえてない」
コーディがそう言うと、
「兄貴がそう言うなら……」
ティムは折れ、グレンは鼻をふんっと鳴らす。
子供の喧嘩というか、三角関係のもつれというか、よくわからないものを見せられていた。
コーディが元気になったようでよかった。
これに関しては、ティム、ナイスだ。
それに、わたしもケーキを食べに行きたい。
悩みが多いときは、甘い物を食べるべきだ。
「前にメル姉と来た時に見かけたカフェで、入ったことはないんですけど、まずはそこでいいですか?」
「ええ、メイにまかせるわ」
イネスが代表のように答える。特に誰も異存はないようだ。
わたしは邪魔が入らないように、即座に移動を始めた。
一回来ただけでも、単純な道程で目的地には難なく着いた。よかった。
道を間違えることはあまりないが、偶に、全く逆方向に行っているときがある。
それを思うと、ちょっと不安だった。
案内のわたしが迷うわけにはいかない。
大通りを逸れたが、それでもまだ、通行人は多い。
7人もいるし、全く、目立っていないということはなかったが、さっきよりは絶対にましだ。
目的のカフェも昼には早く、まだ空いている。
通り沿いのテラス席の隣り合った2つのテーブルに分かれて座る。
「ここまで違うのね。魔獣ばかりの恐ろしい所だと思っていたわ」
同じテーブルに着くイネスが通りに目を向けながら言う。
驚いているのかもしれないが、イネスの表情は全く変わらない。
「わたしもそう思っていました。実際には、便利で暮らしやすいです。あそこで走っている乗り物とか、魔力で動かしているそうですよ」
わたしは通りを走っている車に視線を向ける。
「あんなものは初めて見たわ。馬車は使わないのね」
確かに魔王国で馬車は見たことがない。車があれば、必要ないのだろう。
日本と同じようなものだから、便利なら、なんでもいい。
そこへ注文していたケーキとお茶が運ばれてきた。
グレンだけは頑なに、甘い物はいらないと拒否したので、お茶だけだ。
後でイネスがこっそりと、王国ではそういう物を食べていると軟弱だと馬鹿にされるからと理由を説明してくれた。
本当に甘い物が苦手なのかもしれないが、そういうことを言ってはいなかった。
苦手でないなら、ここでは無理しなくていいのに。
グレンには悪いと思いながら、おいしくケーキをいただいた。
謝罪をしなければならない。今後のこと、もう少し、話しておいた方がいいのか。彼らを積極的に魔王国へ勧誘した方がいいのか。
そういうことも考えていたが、結局、わたしは言い出せなかった。
後でいい。わたしが言わなくてもいい。元々、話すこと自体、苦手だ。ましてや、説得とか勧誘とかできるわけない。彼らの意思を尊重すべきだ。
言い訳ばかりが出てくる。
わたしは黙々と、ケーキを平らげた。
カフェを出てしまうと、残念ながら、わたしには大して、案内できるところはない。
それに、観光するような場所も知らない。
これが有名な何とかと言われても、わたしはおろか、王国出身の彼らも知っているわけがない。
なぜ、昨日のうちにどうにかしようとしなかったのか……メルヴァイナがいるからと安心していて、何も調べていなかった。
なので、電車のようなものに乗って、昼食を食べて、お土産のお菓子を買って、服を見た。
うん、案内はもっと、詳しい人にしてもらうべきだ。
メルヴァイナにはいてもらった方がよかった。
もしかすると、退屈させたかもしれない。
もしかすると、勧誘どころか、逆効果かもしれない。
今日のわたしのせいで、やっぱり、王国に帰ると言われたら……
少し、意気消沈のわたしは、リーナの転移魔法で城まで戻る。




