101話 魔王の休日
魔王国の自分の部屋で目が覚める。
日の出を迎え、部屋の窓からカーテン越しに光が漏れている。
大きくて豪華なベッド。広い部屋。
間違いなく、一か月間過ごしたわたしの部屋だ。
王国に戻っていたのが、夢だったかのように思える。
しかも、コーディ、イネス、ミア、グレンの四人も今は、この魔王国にいる。
彼らがここにいるなんて、信じられない。
ベッドの上で上半身を起こし、しばらくぼーっとしていた。
単なる現実逃避だ。
しかも、今日だけは剣術の訓練は免除されたから余計に。
もちろん、ずっと、そうしているわけにもいかないことはわかっている。
「気がおもいーー」
そう呟きながら、ベッドから降り、服を着替える。
白いブラウスに紺色のロングスカート。元の世界の服装とほとんど同じだ。
部屋で一人、朝食を食べ、1時間くらい経った頃、メルヴァイナとライナスが迎えに来た。
リーナとティムは行かないらしい。
「メイさま、今日は楽しみましょう。お休みのようなものです。あなたが楽しくないと、あの四人も楽しめませんよ。そして、どんなに魔王国が素晴らしいかを彼らに理解してもらうのです」
なんだか、悪い道に引き込むように聞こえる。
「彼らは元々、生贄にされた。王国から捨てられた存在だ。恨むなら王国だろう」
ライナスにしては、わたしを励ますようなことを言ってくれる。
「元々、メルヴァイナのせいで計画が潰された。その分、ここで彼らを引き留める」
その計画が何かをわたしは聞いていない。
おそらく、魔王城攻略のときのことではあるのだろう。
今回の目的は、彼らに自主的に魔王国に残ってもらうことだ。
わたしとしては、人間でなくなった以上、この魔王国の方が暮らしやすいとは思う。
長命種もいるから、ちょっと見た目が変わらなくても、気にされない。
この魔王国が気に入って、残るということなら、わたしもそれが一番だと思う。
でも、それはわたしがそう思っているだけ。
彼らからすれば、それが本当に一番かはわからない。
考えても、考えても、何が本当の正解かわからない。
そうこうしている内にすぐにも、転移用の部屋に到着した。
部屋の中には、すでに彼ら四人が待っていた。
イネスとミアとは、昨日の夜、話したから、まだいいけど、コーディやグレンとはどう話せばいいんだろう。
「メイ、おはようございます」
声を掛けてきたのは、コーディだった。
王国にいた時と全く変わらない。優しい声だ。
玉座の間に着く前にもコーディとは話をしている。
あの時は、わたしは今よりさらに、いっぱいいっぱいだった。
今は、少し落ち着いたと思う。
思うからこそ、彼とまともに会話できる気がしない。
気付くと、彼の顔を見ないように、視線を外していた。
ちょっとあからさまだと、自分でも思う。ちゃんと装えていない。
「おはようございます……」
何とか、挨拶を交わす。
うぅ、何だかつらい……
「コーディに酷いことを言われた?」
イネスがわたしの傍に寄ってくる。
彼は何も悪くない。悪いのは、メルヴァイナだ。
あれだけ、ひどいことはしないでと言っていたのに。
メルヴァイナの事情もわからないわけではないけど。
「そうじゃないんですけど……彼は全く悪くありません……あ、うーん、むしろ、悪いのは、わたし達、というより、メル姉がちょっと……」
ぼそぼそとイネスにしか聞こえない声で言った。
「ああ、まあ、あの人は――」
何かを察したようにイネスはなぜか納得する。
「彼女がコーディを襲ったのね」
イネスの出した答えは、完全に外れているわけではない、ような気がする。
それより、イネスがそんなこと言ってしまっていいのだろうか。
冗談で言ったのか、本気で言ったのかよくわからない。
だって、イネスとコーディは恋人同士だ。
「い、いえ、それは、違います」
わたしはとりあえず、否定した。割と大きな声が出てしまっていた。
「あら、そんなこと、してないわよ。あの子を助けようとしただけなんだから。その時に、ちょっと、暴れないように繋いでおいただけよ」
メルヴァイナが割って入ってくる。
よく聞こえていたと思うが、彼女がヴァンパイアだからだろう。
ライナスやミアにも聞こえているだろう。
「わたしなら、拷問室で繋がれている方が、発狂すると思いますけど」
「長い生の間には、そういうこともあります」
「絶対、ありません。普通はありえません」
「そうですか?」
メルヴァイナはちょっと、不満そうだ。
ヴァンパイアはそういうところから、考えを変えた方がいいのではないだろうか。
それとも、メルヴァイナの個人的な考えだろうか。
わたしとメルヴァイナの会話は特に声も落としていないので、十分、周りに聞こえている。
配慮が足りていなかった。
コーディは若干、顔色が悪い気がする。
表情もなく、立ち尽くしている感じだ。
あんな恐ろしい目にあったのだから、当然だ。
わたし達はバラバラにされて、しかも、目を覚ましたら、拷問室で縛られている。
そんなことを思い出させてしまった。
今日は、彼らを楽しませないといけないのに。
初っ端から、失敗している。
「ライナス、コーディのこと、お願いしたいんです。あんな恐ろしいことがあったので」
「どうして、私が?」
ライナスも不満そうに、顔を顰める。
「役目の一環です。宰相からも言われていたはずです」
「断る」
ライナスは実に素っ気なかった。
「それなら、メイ、あなたがコーディに甘えて来ればいいわ。兄だと思っているんでしょう? 兄として、頼ればいいわ」
イネスにそう言われるけど、それでいいの?
コーディのことは兄のように思っているというようなことは言ったと思う。
それでも、本当に血は繋がってないし、イネスにとって、いい気はしないのではないか。
そもそも、甘えるって、頼るって、どうすれば……
私が戸惑っていると、ミアがわたしに抱き着いてくる。
「こうすればいいと思う」
「ミアー」
わたしは思わず、ミアを抱きしめてしまう。
ミア、やさしい。
でも、何もなく、コーディに抱き着くって、どうなんだろう?
いつか見た漫画のように、お兄様、大好きとか言えばいいんだろうか?
わたしは覚悟して、ずかずかとコーディに近づいた。
「コーディ、ここにも、おいしそうな料理がいっぱいあるんです。食べに行きましょう、前みたいに。あんな悲惨な状況でも、すぐに忘れられます。あっ、でも、逆に気分が悪くなる? 血塗れバラバラ死体のようなものだったし……」
何言ってるのか、混乱してきた。
「そ、その、とにかく、わたしもついています」
トラウマになっているかもしれない。
彼は貴族のご子息だし、初めて会って、わたしを助けてくれた時も初めて人を殺して苦悩していた。
もし、彼がつらいなら、わたしの胸で泣いてもいい。
こういう場合、がんばれとか言っちゃいけないんだったよね。
精神も魔法で癒せればいいんだけど……
頼るのは、もう、十分、彼には王国で頼った。
なら、次はわたしを頼ってもらえばいい。
「僕は大丈夫ですから」
コーディがやけに早口で言う。ちなみにわたしの方は見てくれない。
本当に大丈夫なのか、疑わしい。
まあ、確かに彼のすぐ近くにいたバラバラ死体に言われたくないかもしれない。
よく考えれば、彼が顔を背けたくなるはずだ。
あれ? わたし自身がトラウマを誘発する?
ええ? どうしたらいいの!?
混乱するわたしの背中を誰かが押した。
位置的にいたのは、グレンだ。
よりによって、コーディに抱き着く羽目になった。
グレン、なんで、こんなことするのよぅ~
コーディに突き飛ばされたりしないのはほっとした。
それどころか、わたしをやさしく抱きしめてくれた。これまでと同じように。
これじゃあ、わたしの方が慰められているようだ。
まだ、わたしのことを妹のように思ってくれているのだと、信じたい。
「そ、その、僕は本当に大丈夫です。必ず、もっと、強くなります。あなたを護れるようになります」
「は、はい……」
わたしはこの後、どうすればいいんだろう……
だめだ。何だか、恥ずかしすぎる……
彼の体に顔を押し付けて、悶えていた。
兄妹愛でも、日本人のわたしには恥ずかしすぎる……やっぱり、慣れない……
「そろそろ、いいかしら? 街に行くわよ。まだ、城の中なんだから」
メルヴァイナの言葉にわたしは解放された。
「そ、そうですね。行きましょう」
わたしは声を上げた。




