ー 5 ー
最終学年の教室は、真っ向から西日を受けてしょっちゅう黄色に染まる。
居残りの僕たちは書き散らしたノートを広げてはいるけれど、誰かが喋り出せばいつでもそれに乗る構えだった。
その日はヘレナが「あの新しい映画すごくいいんだって、空港の話。誰か観てない?」とふり向いて始まった。
一度は飛行機で旅をしたい、いやあれは怖い、と盛り上がっているところに先生がやって来る。アレックがいち早く声を上げた。
「ねえ先生、これからは絶対に空路の時代ですよね! ロードときたら鉄の塊が宙に浮くのはおかしい、の一点張りなんですよ」
「だってそうじゃない、いくら速くても私は嫌! 海外のショーに呼ばれても列車と船で何とかする」
「急な話が来たらどうするんだよ。変なこだわり持ってるとチャンスをふいにするぞ」
わいわいやりあう二人を見下ろした先生は、広い肩をすくめ苦笑した。
「議論が進むのはいいが、化学の居残りでそれを提出しないでくれよ」
「面白くても点がつけられないから?」
ヘレナがいたずらっぽく尋ね、先生が「そう、心苦しい」と返す。ちょっと考えてから空いた椅子を引き、腰を下ろした。
「ところで、私は船旅に一票。するとどう分かれるかね?」
先生が席につくと、私たちはもう止まらなくなった。
外が暗くなるまで喋り続け用務員に追い出されたことすらある。「いい加減にしてくださいよ」と叱られているラッセン先生はいつもの長身が縮んで見えたものだ。
ところであの時の私は、旅の足として飛行機でも列車でも船でもなく車を選んだ。
卒業後は運送業に就こうとしていて、少し前に免許を取っていたからだ。話の中で先生にこう聞かれた。
「まずはどこに行くんだい」
「決めてません。ただ道を走るのが好きです」
いま思えば愛想のない返答だが、先生は優しく目を細め「君らしいね」と言った……
そんなことを思い返しながら書斎の棚へと手を伸ばす。
どうやらマービンの探し物は出てこないようだ、と最後に残った書類ケースごと引き出した時だった。
空になった棚板に、パタと軽い音を立てて何かが倒れた。
無意識に拾い上げた私は、それが古い手帳であることに気づき瞬間的に緊張した。
それまでの書類とは違い、先生のごく個人的な物だろう。そのままメイリーに渡した方がいい。
しかし一方で直感してもいた。これこそ私に託されたものだ、と。
黒い布張りの表紙は過去の手触りをしている。心臓が激しく鳴っているが息は冷たい、という不均衡を感じながら、薄い手帳をそっと開いた。