1日目 住む場所が・・・・無い・・・・・・
人里に降りて、・・・・・・最初に・・・・・・・・・困ったのは・・・・・・当たり前なんですけど・・・・・・住む場所でした。
静かというには虫がうるさ過ぎる夜。
月の光を反射する特徴的な銀髪を靡かせた少女が、闇に包まれた道を歩いていた。
美しく長い銀髪に、青い瞳。透き通るような白い肌は、どこか芸術品のような触れてはいけない危険な美しさを感じさせる。
身にまとっているのは、白く長い和服のみ。周囲の人間が見れば、異質な服装だろう。この時期の江戸はとても冷える。男たちでさえ、幾重にも重ね着をして寒さを防ぐのだ。
では、何故少女はたった一枚の服だけで平然としているのか。少女は、妖怪・・・・・・それも雪女だ。
体温の操作など、朝飯前である。
「・・・・・・ここは・・・・・・どこ・・・・・・だろ」
山から降りてきたばかりの彼女は、まだ場所もろくに分からない。字の読み書きは出来るが、申し訳程度でしかない。
いま、自分がどこにいるかも分からない雪女。
生物の習性で、光を求めて彷徨っているが、どこにも光は見当たらない。
「どう・・・・・・しよう・・・・・・」
途方にくれる雪女。行く宛ても無ければ、路銀も乏しい。最悪、どこか人目につかない場所で野宿となる。雪女は、食事を摂る必要も無ければ睡眠をとる必要も無い為、無理に一箇所に留まる必要は無いのだが、雪女は人の暮らしに興味を持っており、人について知ることが目的なので、普通の人々と同じ生活を送るというのは最低限必要だろう。
だが、雪女はなんの計画も無く人里へと降りてきた為、ここからどうするか、自分がどうかなるかなど考えていなかったし、分からなかった。
そうして途方にくれていると、雪女の鼓膜が複数の足音を捉える。地を踏みしめる音の大きさ、力強さからして男が・・・・・・六人程だろうか。
そう思い、振り返ると提灯に光を灯した六人の侍が後方から歩いて来る。巡回の江戸幕府の者だろうか。
雪女は、一か八かその男たちに声をかけてみることにした。
「・・・・・・あの」
「・・・・・ん?どうしたそこな女子」
「あの・・・・・・田舎から・・・・・・参ったのですが・・・・・・路銀が尽きてしまい・・・・・・本日の床も無く・・・・・・・・・」
雪女は、最も信憑性の高そうな理由をでっち上げ、幕府の侍二取り入ろうとした。すると、侍のうちの一人が声を上げた。
「時矢殿。このような時刻に外を彷徨いておる女など、さても異な事。ここで斬り捨ててしまうがよろしい!」
そうして、その侍は刀を抜き雪女に切りかかろうとした。流石に雪女もこのように突然斬りかかってくるとは思いもしなかった為、多少面食らったが、それでも両者の間には圧倒的な実力の差がある。雪女がその手に冷気を纏い、侍を殺す決意をしたその時。
侍の刀を「時矢」と呼ばれた侍の刀が遮った。深夜の闇に鉄と鉄のぶつかった音が響く。
火花が散り、二人の気迫がぶつかり合う。
「邪魔立てなさるな時矢殿!」
「止めておけ。お主ではこちらの方には傷すら付けられまい」
「何を戯けたことを!」
時矢は、侍の刀を弾くと雪女に向き合った。恐らくは、この中で一番話が通じる上に、実力もあるらしい。幕府の侍の中でもより上階級の者なのだろう。
「失礼いたした。私の名は「時矢宗次郎」と言う。貴殿の名も教えては頂けないだろうか」
「・・・・・・・・・・・・ユキ、とだけ」
「そうか・・・・・・・・・ではユキ殿。貴殿のその気迫を見込んで頼みがある」
「頼み・・・・・・・・・ですか?」
「うむ・・・・・・とあるお方の護衛を貴殿に任せたい」
とある方?と首を傾げる雪女。そんな彼女を放って、侍達が時矢に反発しだした。
「時矢殿!?それは流石に!」
「あの方の護衛は新撰組に一任すると既に・・・・・・」
「私が掛け合う。恐らく、この方のほうが新撰組を束ねたよりも強いだろう」
***
これが、私と・・・・・・時矢さんの出会いでした・・・・・・。
あの時は、まだ・・・・・・・・・何も分からず・・・・・・がむしゃらに・・・・・・助けを求めていた為・・・・・・分かりませんでしたが・・・・・
今思えば・・・・・・あの時・・・・・・既に時矢さんは・・・・・・私が人間では無い事まで・・・・・・見抜いていたのかもしれません。
***
「上には話を通した。ユキ殿と新撰組の二段構えで行く事とした」
「まさか、本当に通るとは・・・・・・・・・」
その後。時矢ら侍とユキは同じ部屋にいた。時矢に服を借り、黒い着物を纏っている。先程よりは若干人間らしくなっただろう。室内に入った事で、月の光を異様に反射する銀髪もここでは目立たない。
「まず、貴殿に守って頂くお方だが、今は幕府のとある方の娘としか、伝えられない。その方をお守りして頂ければ、住居はこちらで提供しよう」
「・・・・・・・・・・・・分かりました」
ユキとしては何の問題も無い。そもそも、山奥で暮らしていた為、今の幕府の将軍の名前など一人も分からない。知った所で、知識が一つ増えるだけだ。
すると、先程ユキに斬りかかってきた侍が奥から一振の刀を大切そうに抱えてきた。
初めの出会いが出会いであった為、思わず身構えてしまうユキ。
「そう身構えないでほしい。こうなった以上、少なくとも我々は敵ではない」
そう言うと、侍はその持っていた刀をユキに差し出した。
戸惑いながらも受け取ると、刀とは思えない程に軽い刀だった。
「銘は「銀之華」。城の地下で凍りついていた刀で、今までは取り出す事すら出来なかったのだがな・・・・・・・・・」
「恐らくは妖刀の類いだろう。ユキ殿が本来刀を使うような方でない事は重々承知だが・・・・・・我々もこの刀の扱いに困っていてな。受け取ってくれるとありがたい」
ユキは、刀を鞘から抜き光に翳した。とても白い刀身・・・・・・いや、銀色と呼ぶべきか。光を反射して光るその姿はまるでユキのようだ。
普通よりも刀身が長い。軽くて長いとなると、扱いは難しそうだか、上手く使えばとても殺傷能力の高く、強力な凶器となり得るだろう。
ユキは、冷気を手に纏わせればそれだけで人体を貫ける武器となるし、息を吹きかけるだけで人体を凍らせる事も可能だ。
特に武器などは必要とはしていないが、まぁもし殺し合いになった際に平然と人を凍りつかせるような場面を見られるわけにもいかない。
ここは、ありがたく貰っておいた方がいいだろう。
だが、勿論ユキはこれまで剣を習ったどころか、振った事すら無い。そんな素人が護衛など出来るはずもなし。
ならば、やることは一つだ。
「で、では・・・・・・時矢さん。一夜・・・・・・お付き合い・・・・・・願えませんか?」
「・・・・・・というと?」
「その・・・・・・刀の・・・・・・稽古を・・・・・・」
***
「そう言えば、ユキ殿は田舎から参ったと申されていたな。済まない。慣れない土地だろうに、幕府の厄介事へ巻き込んでしまって」
「いえ・・・・・・それで・・・住む場所が・・・・・・得られるのなら・・・・・・」
ユキは時矢に連れられて、とある道場へと来ていた。どうやら、時矢が幼少期に世話になっていた場所らしく、ここなら好きに使っていいとの事。
風通しもよく、何よりも月が綺麗に見える。
ユキは、月が好きだった。昼間にギラギラと眩しく照らす太陽よりも、夜に静かに明かりを灯してくれる月の方が、落ち着くのだ。
「して・・・・・・・・・誠に真剣で宜しいのか?」
「はい・・・・・・その方が・・・・・・緊張感が出ます・・・・・・から」
そう言うと、ユキは先程貰い受けた刀、「銀之華」を鞘から抜き払い、鞘を投げ捨てた。
そして、異様に軽いその刀を片手で構えた。
刀とは、その外見とは相反して本来とても重い。腕の細い女性が片手で軽々と振るえるものでは無い。
だがこの銀之華は違って、普通よりも異様に軽いため女性が片手で振るっていてもおかしくはない。
もっとも、ユキは通常の重い刀でも何の苦もなく振り回せるが。
片手で刀を構えるユキに対し、時矢は両手で構えた。
「それでは時矢宗次郎・・・・・・参るッ!」
その声と共に、時矢はその刀を大きく振りかぶった・・・・・・・・・
***
「ふ、ははは・・・・・・・・・まさか・・・・・・ここまでとは・・・・・・」
刀を杖代わりとしてようやく立っている時矢。
それとは反対に息一つ切らさずに悠然と納刀しているユキ。
その現状が、二人の実力の差を何よりも如実に表していた。
実際、始めはユキは時矢に手も足も出ずにいた。剣術を修めた時矢と、たった数時間前に刀を手にしたユキでは実力に差がありすぎたのだ。
ユキはただひたすらに刃物を振り回すだけ。刀を刀として扱っていなかった。
だが、それは始まって少しの間だけだった。段々と時矢の剣術を見て覚え、そしてたった数分でそれを自己流の剣術へと昇華させた。その後は蹂躙劇の始まり。
その後のユキに、時矢は手も足も出なかった。
「その動きにくい着物を着ておりながら、こうも私を蹂躙するとは・・・・・・なんだか自信を無くすぞ。こう見えて、剣の腕ならば将軍にも匹敵すると言われているのだが」
「・・・・・・道理で・・・・・・お強かったです・・・・・・ありがとう・・・・・・ございます」
「・・・・・・むしろ、こちらのセリフだ」
「・・・・・・何か・・・・・・おっしゃいました・・・・・・か?」
「いや、何でもない。今日はもう休まれよ。隣の部屋を使うといい」
「はい・・・・・・・・・その・・・・・・改めてありがとうございます・・・・・・」
そう言うと、ユキは刀を持ちながら隣の部屋へと消えていった。その様子を確認した時矢は、静かに部屋を出た。
時矢にとって、今晩の稽古はとても良い体験となった。
今後はどちらが稽古される側か分かったものでは無いが。
そして、あの美女・・・・・・いや少女と呼ぶべき女、ユキの底知れない潜在能力。
たった数時間で直ぐに自分を追い抜いてしまった。
「・・・・・・やはり・・・・・・・・・天才という者は・・・・・・嫌いだ」
ユキの実力を認める一方で、時矢は同時に悔しくもあった。
まるで、自分がこれまで積み重ねて来た研鑽の全てが何も知らない他人に馬鹿にされたような気持ち。
「・・・・・・・・・くっ」
奥歯を強く噛み締める。
今回ユキに頼んだ護衛の仕事も、可能ならば自分が立候補したかった。
が・・・・・・・・・
「私では・・・・・・俺では圧倒的に実力不足だ」
そもそも大切な物を守りたくて始めた剣術だ。
いつでも彼女の傍に居られるように。彼女を・・・・・・この手で守れるように。その為に今日まで剣の腕を磨いてきた。だと言うのに、自分はその護衛の末端すら任せて貰えない。
将軍にも匹敵する剣術。そんな言葉で飾られた所で嬉しくとも何ともない。
「彩音様・・・・・・・・・・・・」
幼い頃に、将来を誓った相手。小さい頃は身分の差など考えもせずに遊び歩いた。
だが今ではどうだろう。想い人の周りには信用のならない幕府の老獪爺どもがひしめき合い、愛する彼女を政治の道具として使い潰そうとしている。
時矢には、それが許せなかった。そして何よりも、ここで見ず知らずの女を頼って少しでも彼女を男から遠ざけたいという自分の嫉妬心と執念が嫌で嫌で仕方がない。
「俺は・・・・・・・・・自分が・・・・・・嫌いだ」
誰も居ない夜に、男は一人で目からの汗を拭った。