第二章 教団と革命団_001
鉱業都市リーベタス。その西区にある未開発地域。通称スラム。マーキュリー教団の保護下にあるこの街において、そこは異質の場所とされている。
スラムは教団の保護を受けず、独自の秩序を築いている場所なのだ。
鉱業都市リーベタスにおいて教団は絶対的な力を有している。街の主要産業である鉱業。その利権の大部分は教団が所有しており、スラムで暮らす人間の大半は重労働なだけで薄給の採掘作業を仕事としている。
ゆえにスラム住民は総じて貧困にある。スラムでは教団兵による治安維持も行われていないため他の地区と比較して犯罪発生件数も多い。建前では独自の秩序を築いているとしているが、その実態は無秩序と大差ない。
そんなスラムにある一棟のアパート。廃墟と見紛うほど寂れたその建物の一室にナタリーはいた。床と変わらない硬いベッドに腰掛けて彼女は小さく欠伸をする。
「……まったく眠れませんでした」
部屋にはベッド以外の家具がなく、正確な時間を知るすべはない。だが窓から差し込んでくる朝日から、おおよそ午前七時前後と当たりを付ける。ナタリーはベッド脇に置いていた眼鏡を手に取ると、レンズをローブで軽く磨いてから目元に掛けた。
当然だが、この寂れた部屋はナタリーの寝室などではない。マーキュリー教会南区の司祭である彼女には、この部屋よりも遥かに立派な持ち家が南区にある。そもそも教団の保護下にないスラムに、教団の関係者がいるということ自体が異常なことなのだ。
ではなぜ教団の司祭であるナタリーがスラムのアパートで一夜を過ごすことになったのか。それは複雑な事情によるものだ。だが敢えて一言で言うならば――
中央政府から派遣された歴史改定調査委員会のルーク・ケインズに全ての原因がある。
「……ルークさんはもう起きているでしょうか?」
ルークは隣の部屋で寝ているはずだ。ナタリーは少し思案した後、ルークの部屋を訪ねようとベッドから立ち上がろうとした。そこでふと足元に視線が落ちる。
そこにはベッド下から突き出している銀髪少女の首があった。
無言のままこちらを見上げている少女。その感情のない銀色の瞳に見つめられ――
「――ひっ……にぎゃああああああああ!」
ナタリーは悲鳴を上げた。