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歴史改定調査委員会 ~銀髪少女と角砂糖~  作者: 管澤捻
第一章 歴史改定調査委員会
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第一章 歴史改定調査委員会_004

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「まだ……はあ……資料を集めるんですか?」


 資料が山積みにされた荷台をどうにか押しながら、ナタリーはそう掠れた声で尋ねた。少し前にいたルークがこちらに近づいて、何の躊躇もなく数冊の本を荷台に追加する。


「集めるつもりだけど、どうして?」


「荷台があるとはいえ……ぜえ……さすがにすごく……重いんですけど」


 全身に汗を浮かべつつ、ナタリーは荒い息の合間につい愚痴をこぼす。ルークがきょとんと目を一度瞬かせて、荷台に山積みにされた資料をふと一瞥した。


「まだ半分くらいじゃないかな。重いようなら二つの荷台に分けたらどう?」


「……減らすという発想はないんですね……あの……差し出がましいようですが……似たようなジャンルの資料が何冊かありますよね……同じような内容しか書いてないでしょうし……資料を減らすことできませんか?」


「同じような内容が書いていることを確認したいんだよ。著者も書かれた時代も異なる資料に同じ内容が書かれていれば、それは正しい歴史である可能性が高いだろ? 逆に資料によって書かれている内容が異なれば、それは誤った歴史である可能性が高い」


「……ぐうの音も出ません」


 歴史改定調査委員会。中央政府直轄の歴史を再調査するための組織。その調査員が自分よりも年下の少年だということで、その能力には若干の疑いもあった。だがどうやらこの少年は正真正銘、歴史調査のプロフェッショナルであるらしい。


(私がこの街の歴史を話すことができれば、この資料集めも不要なのでしょうけど)


 だがその手法は拒絶されている。変な先入観を持たないためにまず客観的な資料から歴史の下地を作るのだという。正直納得しがたいがそう言うのなら従うしかない。


(まあそれは仕方ないこととして――)


 納得できないことはまだある。


(どうして国は特別な委員会を組織してまで歴史を再調査しているのでしょうか?)


 この歴史調査が国にどのような恩恵をもたらすというのだろうか。歴史が重要なものであることは分かる。だが中央政府が人員を割いてまで調査すべきこととは思えない。


(どちらにせよ……ニコラス様が言うように歴史が覆ることなどあり得ませんが)


 とにもかくにも今は、ルークをどうにか説得して資料集めを中断させることが先決だろう。でなければ過労で倒れかねない。ナタリーはクルクルと頭を回転させると――


 本棚に寄り掛かりながら床に座っているソフィアを指差した。


「あのルークさん……ソフィアちゃんですけど……大丈夫なんでしょうか?」


「大丈夫って何が?」


「何がって……ソフィアちゃん、ここの本棚にある本を何か食べようとしていません?」


 なぜか分厚い本をガジガジと噛んでいるソフィアを指してナタリーはそう眉をひそめた。明らかに異常な行動をする少女だが、特に驚いた様子もなくルークがこくりと頷く。


「まあ食べようとしているね。もうこの保管室に二時間ぐらい籠っているから。お土産にもらったクッキーも食べきっちゃって、お腹が空いているんじゃないかな」


「だからって本は食べませんよね? あの……ソフィアちゃんのためにも、今日はこれぐらいで切り上げませんか? わたしが美味しいお店をご案内しますので」


「ソフィアが本を食べ尽くすにはまだ時間もかかるし、もう何冊か選べると思うけど」


「そういう問題では……というか一冊も食べては駄目です。貴重な資料なのですから」


 どこまで本気なのか分からないが、渋い顔をするルークにそう反論しておく。ルークが荷台に山積みされた資料とソフィアを何度か交互に見やり小さく嘆息した。


「仕方ない。今日はここで切り上げようか」


「はい! それが良いと思います!」


 そう返事したところで、ルークが前方を指差してさらりと言葉を続ける。


「ただ最後に向こうのほうを覗いてみてもいいかな? ほら、なんか壁に飾られているだろ? 実はさっきから気になっていたんだ」


「え? まあ最後だというのなら……でも一体何が飾られているのでしょうか」


「それを見に行くんだろ。ほらソフィアもこっちにおいで」


 本を咥えたままソフィアが立ち上がりこちらに駆けてくる。ソフィアと合流して、ルークと少女が並んで歩き出す。当然ながらナタリーと荷台はおいてけぼりだ。


(泣いては駄目……あと少しなんですから)


 自分をそう慰めつつ、ナタリーは最後の力を振り絞って荷台を押して歩いた。


 筋肉の上げる悲鳴を聞きながらどうにかルークとソフィアの二人に追いつく。息を切らせながら壁に飾られている物を見上げるナタリー。その飾られている物は――


 ガラス箱で厳重に保護された石板であった。


「何だろう? 随分と古い物みたいだけど」


「これはまさか……原書ですか!?」


 怪訝な顔をするルークに、ナタリーは興奮を抑えながら説明する。


「マーキュリー教の教義。その原文がつづられているとされる石板です。マーキュリー教では数多くの教えがありますが、その全てがこの石板に記された原文より派生したと言われています。私も話で聞いただけで本物を見るのはこれが初めてですが」


 ルークが「なるほどね」と得心したように頷いて視線を再び原書へと戻した。


「確かに文字みたいなものが刻まれているね。ただの傷かと思ったけど。だけど破損がひどいな。五割ほどなくなっちゃっているし」


「一〇〇年前の内乱で損傷したと伺っています。教団と先住民との――イタッ!?」


 ソフィアの咥えていた本が勢いよく発射されてナタリーの顔面を叩いた。痛んだ鼻頭を押さえつつソフィアを見やる。涙目のナタリーに少女が淡々と言う。


「余計なこと喋っちゃダメ」


「ご、ごめんなさい……先入観が生まれてしまうということでしたね。あの……ただできれば口で注意してもらえませんか?」


「なんで!?」


「そんな衝撃的に驚かれても」


 背後に稲光を走らせて驚愕するソフィア――だがなぜか無表情――に困惑する。すると意外にもここで「構わないよ」とルークが気楽な調子で肩をすくめた。


「それって一〇〇年前に勃発した、移住者である教団と先住民との内乱のことでしょ?」


「え? ご存じなんですか?」


「資料を選んでいる時に流し読みした。その詳細はこれから調べるつもりだけどね」


 適当に資料を選んでいるようで、きちんと中身を確認しながら選別していたらしい。その事実に驚きつつ、ナタリーは「その通りです」と言葉を続けた。


「一〇〇年前の内乱は街の歴史において最重要なものです。その影響は今日まで続いており、教団とスラムの確執もまた――」


「あ、さすがに話しすぎ」


 そのルークの忠告が合図とばかりに、ソフィアがナタリーの腹部に頭突きをかます。苦悶に震えるナタリー。その彼女を平然と無視してルークが思案深げに呟く。


「役に立つか分からないけど念のためにこれも持って帰ろうかな」


「うぐぐ……え? この原書ですか? それは……さすがに不味いと思いますけど」


 痛みを堪えながらそう言うと、ルークが不思議そうに首を傾げてきた。


「どうして? この保管室にあるものは自由にしていいって許可を貰っているよ」


「し、しかし万が一にも原書を傷つけるわけにはいきませんし……それに原書の内容は教団の人間ならば把握しています。持って帰らずとも支障はないと思いますが」


 遠慮がちにそう提案するも、ルークは「うーん……」とどこか不満そうだ。しかし原書に何かあれば一大事だと、ナタリーはさらに説得の言葉を重ねようとした。


 その時、ズシンと天井が大きく揺れる。


「……え?」


 ぽかんと天井を見上げる。保管室は位置的にロビーの真下になるのだが、どうやら上のロビーで何か大きな揺れが発生したようだ。パラパラと埃が落ちてくる天井に眉をひそめるルークとナタリー。互いに無言のまま一分が経過したところで、扉が勢いよく開かれて資料館の管理人が保管室に飛び込んできた。


「た、大変です! この建物のロビーに――」


 管理人の中年男性がごくりと唾を呑み――


 その驚きの言葉を吐き出す。


「モンスターが現れました!」


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