第一章 歴史改定調査委員会_003
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中央政府から派遣された歴史改定調査委員会。ルーク・ケインズとソフィア。ナタリーの中で正直なところ二人の印象は芳しくなかった。
中央政府の使者ということで彼らが高い権力を有していることは分かる。都心で暮らしている彼らからすれば、自分たちは所詮田舎の教団に過ぎず、多少なりと見下されることも仕方ないと理解している。
だが彼らの言動は少々度が過ぎている気がした。出会ったばかりの相手にお金を立て替えるよう要求したり、街の有力者であるニコラス司教に無礼な態度を取ったりと、いくら中央政府の使者とは言え、もう少し謙虚さがあってもよいのではないか。
(もっとも……ニコラス様の指示を途中で投げ出すなどあり得ませんが)
二人に不満があるとはいえ、彼らは中央政府からの大切な客人だ。ここで二人をぞんざいに扱えば教団の顔に泥を塗りかねない。ナタリーはそう気持ちを切り替えると――
資料館のロビーに飾られている三メートルもの大きな壺をにこやかに指差した。
「御覧ください、ルークさん。この大きな壺が、街の創設された一〇〇年前に造られたとされる『万物の受け皿』です。マーキュリー教の神はあまねく者を救済し、至上の幸福へと導いてくれます。この大きな壺は神の深い懐を表しており、かつ皆がひとつにまとまることの大切さを説いているのですよ」
「なんかこじつけ臭いし、壺なのに受け皿っていうのが馬鹿みたいだね」
殴ってやろうか。ルークの軽やかな返答に笑顔を引きつらせるナタリー。もっとも答えが返されるだけマシなのだろう。ソフィアと言えばこちらの説明など聞かず、お土産に渡されたクッキーをボロボロとこぼしながら食べていた。もちろん館内は飲食厳禁だ。
「一般公開されている資料には興味ないかな。どんなデタラメがあるか分からないからね。ニコラス司教が話していた非公開の保管室の方を先に案内してよ」
「……分かりました」
苛立ちを抑えて地下にある保管室へと二人を案内する。ナタリー自身この保管室を訪れるのは初めてとなるが、滞りなく目的地へと到着した。預かっていた鍵で保管室の扉を開ける。暗闇に満たされた部屋の中から乾いた空気が廊下にこぼれた。
保管室の照明を点灯する。暗闇の中から巨大な本棚がずらりと姿を現した。圧巻なその光景に息を呑む。だがルークは特に感慨もないのか無頓着に保管室へと入っていった。
「さてと……まずは目ぼしい資料を集めるところから始めようかな」
「わたしはどうしましょう? 何かお手伝いできることはありますか?」
「ナタリーは管理人から荷台を借りてきて。集める資料が結構な量になると思うから、荷台でもないとナタリーが運ぶのに大変だよ」
どうやら知らないうちに資料の運搬役に任命されていたらしい。ナタリーは嘆息したい気持ちをぐっと堪えて「……そうですね」と荷台を借りるため廊下に出た。