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歴史改定調査委員会 ~銀髪少女と角砂糖~  作者: 管澤捻
第一章 歴史改定調査委員会
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第一章 歴史改定調査委員会_001

 鉱山都市リーベタス。それは鉱業を主産業とする中規模な街の名前だ。街を取り囲むように起立する鉱山。そこで採掘される質の高い鉱石は国内外において評価が高く、街の財政は鉱石やその加工品の輸出により大部分が賄われている。


 鉱石やその加工品の輸出にはそれらを運搬する設備が必要となる。ゆえに鉱山に囲まれた辺ぴな土地ながら、その街には鉄道が通されていた。そしてその鉄道では輸出品を運搬する貨物列車のほかに、観光客を目当てとした旅客列車も僅かながら運航している。


 リーベタスの南部にある小さな駅。そのホームに青いローブを着た女性が立っていた。三つ編みにした腰まである金色の髪。大きな丸眼鏡をかけた碧い瞳。首から下げられた銀色のペンダントを指先で弄りつつ、女性は線路の先をじっと見つめていた。


「あ、来ましたね」


 女性の見つめる線路の先に列車の姿が現れる。女性はペンダントから手を放すと、さっと佇まいを整えた。定刻から五分遅れで列車がホームに到着する。目の前を通過する列車に女性の大きな三つ編みが揺れた。


 ブレーキ音を鳴らして列車が停車する。列車の扉が開きパラパラと乗客がホームに降車していく。身なりから察するに観光客だろう。女性はそんなことを頭の片隅で考えつつ、目的となる人物が現れるのを待った。


 だが目的の人物はなかなか列車から降りてこない。怪訝に首を傾げる女性。扉の前で立ち尽くすことしばらく、ベルが鳴らされて扉が閉まった。


「え? ちょ……待ってください」


 ホームから走り出す列車に、女性は狼狽して声を上げる。だがそのような声が鋼鉄の塊に通じるわけもなく、列車は無情にも線路の先へとその姿を消した。


 列車から降りた人々が改札へと消え、女性だけがホームに一人残される。ぽかんと目を丸くする女性。だがこの想定外の事態に彼女はすぐ頭を悩ませた。


「どうしましょう……とにかく司教様にこのことをお伝えしなければいけませんね」


 自身が取るべき行動を口に出しつつ、女性はそう一人頷いた。頷いたことでズレた眼鏡を指先で整えつつ踵を返そうとする女性。すると振り返ったその目の前に――


 三人の男が立っていた。


「ナタリー・レモン司祭だな」


 男の一人が低い声音で尋ねてくる。見るからに柄の悪い三人の男。その彼らから鋭く睨まれながらも、女性は怯むことなく眉尻をきっと吊り上げた。


「何か御用ですか?」


「こっちの質問に答えてもらいたいな」


 友好的でない男の返答に、女性はやや不機嫌に眉をひそめつつ答える。


「その通りです。私が南区教会の代表を務めているナタリー・レモンです」


 女性――ナタリー・レモンはそう言うと、反撃とばかりに声に鋭さを含ませた。


「今度はこちらの質問に答えてください。貴方がたは何者ですか?」


「俺たちはテメエら腐った教団をぶっ潰す革命団の人間(・・・・・・)だよ」


 男の答えに眉一つ動かさないナタリー。その答えが予想できていたためだ。行く手を妨害するように並んだ三人の男を順番に視線でなぞり、ナタリーは淡々と尋ねる。


「その革命団が何の御用ですか? 用がないならそこを通して欲しいのですが」


「今の列車に中央政府からの使者が乗っていたはずだ。そいつはどこにいる?」


「……何のことでしょうか? わたしは個人的な理由から人を待っていただけですが」


「しらばっくれるな。テメエは歴史なんとかって奴と会う予定だったんだろうが」


 歴史なんとかではない。


 歴史改定調査委員会。


 中央政府直轄の行政機関であり――


 大きな権力を有している役人だ。


(革命団が委員会に何用でしょうか?)


 歴史改定調査委員会がこの街を訪ねることは耳聡い者ならば聞いているだろう。革命団がそれを把握していても不思議ない。だが革命団は普段スラムに身を隠している。このような公共の場に姿を現すというのは珍しい。


(どちらにせよ……委員会の人間がどこにいると尋ねられても答えようもありませんが)


 むしろそれを知りたいのはこちらの方だ。そう胸中で愚痴をこぼしつつナタリーは睨みつけてくる男たちに冷たく言う。


「貴方たちにそれを答える必要などありません。そこを退いてください」


「そうはいかねえな。隠そうってならそれなりの対応を取らせてもらうぜ」


 気配を鋭くする革命団にナタリーは表情を変えないよう努めながら冷や汗を流した。


(これは……少し不味い状況でしょうか?)


 いくら過激派の革命団とはいえ、公共の場で司祭に手荒な真似をするとは思えない。だがどの組織にも無茶をする人間はいるものだ。表情を強張らせるナタリー。近づいてきた男の一人が彼女に手を伸ばす。そして――


 彼女の右手がガシリと掴まれた。


「……え?」


 目を丸くする。男の手はまだこちらに届いていない。では一体誰が右手を掴んでいるのか。ナタリーは怪訝に思いつつ、視線を自身の右手に移動させた。


 ナタリーの右手を掴んでいたのは、見覚えのない少女であった。


 十代前半と思しき少女だ。流水のように腰まで流れた銀色の髪に、人工物のように滑らかな白い肌。大きな銀色の瞳に薄紅色の唇。フリルやリボンで可愛らしく装飾された黒のドレスを着ており、日差しの強いこの地域には似つかわしくない格好をしている。


「ふも……ふもっふ」


 こちらの右手を掴んでいる少女が奇妙な声を発する。否。少女自身は正しい言葉を話そうとしているに違いない。だがそれが声の形を成していない。なぜなら――


 少女の小さな口には太いフランクフルトが三本も刺さっていたためだ。


 何かを話そうとしている見知らぬ少女に首を傾げる。こちらの困惑を察したのか、少女が右手をついっと横に向けた。


 ここでふと気付く。少女の右手にはクリームたっぷりのクレープと、串に刺さったイカの姿焼きが握られていた。ナタリーはますます怪訝に思いながら少女の指し示した先に視線を向ける。するとそこには――


 こちらに小走りで近づいてくる一人の少年の姿があった。


「ああよかった。改札にいないからもう帰ったのかと思ったけど、ホームにいたんだね」


 にこやかにそう話す少年。小柄な少年で身長はナタリーよりもやや低い。うなじで縛られた肩まである黒髪に、小動物のような愛想のよい笑顔。白のワイシャツにカーキ色のロングコート、無骨なブーツという出で立ちで、どことなく旅慣れた雰囲気を感じられる。


 少女の手前で立ち止まり、少年が微笑ませていた瞳を開いていく。そこでナタリーはハッと息を呑んだ。何の変哲もない少年。だがその彼の瞳は――


 黒い右眼と青い左眼のオッドアイであった。


「すみませーん! ホームにいたので、皆さんもこっちに来てくださーい!」


 少年が改札方面に向けて声を上げる。すると改札から四人の男女が姿を現した。革命団の増援かと緊張する。だがどうもそのような感じでもない。新たに現れたその四人はエプロンを着用しており、表情には戸惑いが浮かんでいた。


「この姉ちゃんがそうなのかよ?」


 こちらに近づきながら、四人のうちの一人が訝しそうに呟く。この姉ちゃんとは自分のことなのだろう。それを理解したところで、少年がこちらをさらりと指差す。


「彼女が代金を立て替えますので、請求は僕ではなく彼女にしてください」


 少年が意味不明なことを言う。少年のすぐ近くに立ち止まりこちらをじっと見つめてくるエプロン姿の四人。彼らの訝しそうな視線にナタリーは困惑しながら口を開いた。


「ちょ、ちょっと待ってください。代金の立て替えって……話が見えてこないんですが」


 目を白黒させるナタリーに、少年が「ゴメンね。急な話で」とカラカラと笑う。


「実は財布を無くしたみたいで、彼らの店でした飲食代を支払うことができないんだ。それで悪いとは思ったけど、君にその代金を立て替えてもらおうと思ってね」


 銀髪少女が右手のクレープとイカ焼きを揺らす。どうやら少年の言う飲食代とは少女の右手にある食べ物――あと恐らく口に咥えたフランクフルトも――を指しているらしい。


「あの……どうしてわたしが初めてお会いした貴方のお金を立て替えるんですか?」


「君しか頼める人がいないんだよ。この街の知り合いは君ぐらいだからさ」


「すみません……誰かと勘違いしていませんか? わたしは貴方を知りませんよ」


「あれ? てっきり君がマーキュリー教のナタリー・レモン司祭だと思ったんだけど」


 きょとんと目を丸くする。どうして見知らぬ少年が自分のことを知っているのか。


「もしかして僕の写真とか見てない? だとしたら気付かないのも無理ないか」


「……どういう意味ですか?」


「僕がここで君と待ち合わせをしていた歴史改定調査委員会(・・・・・・・・・)のルーク・ケインズだよ」


 ナタリーはぎょっと目を見開いた。表情を硬直させた彼女に対して、少年――ルークはあくまで柔らかな表情で言葉を続ける。


「どうも初めまして。約束の時間に遅れちゃって申し訳なかったね」


「貴方が……中央政府から派遣された歴史改定調査委員会? じゃあこの子は?」


 こちらの右手を掴んでいる銀髪の少女に視線を下す。いつの間にか三本のフランクフルトを平らげていた少女が、ペッと残骸の串を吐き出してぼそりと言う。


「……ソフィア」


「彼女は僕のパートナーだよ。僕の調査は基本的に彼女と一緒に行うんだ」


 銀髪の少女――ソフィアがルークの補足に頷く。ぽかんと目を丸くするナタリー。歴史改定調査委員会は中央政府直轄の組織だ。こんな子供が所属しているとは信じがたい。そんな困惑の気配を感じたのか、ルークが懐から何かを取り出してかざして見せた。


 それは分厚い本を紋章にした、二センチほどの金バッジであった。


「歴史改定調査委員会のメンバーに配布されるバッジだよ。これで信用してくれた?」


「……では本当に委員会の? あの……失礼ですがルークさんはお幾つでしょうか?」


「僕は十六歳だよ。確かにまだ若いけど仕事はきちんとこなすから心配なく。それに若いというなら君も同じだろ? 十八歳で教団の司祭だなんて責任ある立場にいるんだから」


「わたしの場合は相応の事情があり――」


 ここでふと思う。どうしてルークがこちらの年齢を把握しているのか。そんな疑問に首をひねっていると、こちらの手を掴んでいるソフィアがおもむろに口を開いた。


「早くお金払って」


「え? 代金の立て替えですか? しかしわたしも手持ちはあまり……」


「お金払わないと……この人たちがもう食べ物を売ってくれない」


「まだ買うつもりなんです!?」


 人様のお金で何とも図々しい。ナタリーがそう驚愕したところで――


「テ、テメエら! 俺たちを無視して何勝手に話を進めてやがる!」


 鋭い怒声がホームに響いた。


 声を荒げたのはすっかりと蚊帳の外に置かれていた革命団の男たちだ。革命団の男がナタリーとソフィアの肩を押して、二人を強引に引き剥がす。小柄なソフィアが大きくよろけて、少女の右手に握られていたクレープがベチャリと地面に落下した。


「おい小僧。テメエが歴史改定調査委員会の人間ってなマジな話か?」


 表情を凶悪に歪める革命団の男たちに、ルークがバッジを懐に戻しながら首を傾げる。


「さっきから気になっていたんだけど、君たちは誰? 教団の関係者じゃなさそうだね」


「んなこたどうでもいいんだよ! テメエが委員会の人間ってならちと面貸せや!」


「どうして?」


 平然と聞き返すルーク。少年のその飄々とした態度が気に入らないのか、革命団の男たちの表情に明らかな苛立ちが浮かぶ。


「ごちゃごちゃ言うんじゃねえ! テメエはただ言うことを訊いとけばいいんだ!」


「これからマーキュリー教団の司教と会う予定なんだ。仕事の邪魔はしないでほしいな」


「うるせえ! 何でもいいからこっちに来やがれってん――」


 癇癪を起した革命団の一人が、ルークに詰め寄りながら右手を伸ばした。中央政府の使者に無礼があっては教団の評価に関わると、咄嗟に革命団の男を止めようとするナタリー。だが彼女が行動するよりも早く――


 ソフィアが男の伸ばした腕を掴み、男の体をいとも軽々と投げ飛ばした。


「のわぁあああああああああ!?」


 革命団の男がホーム下に落下して、敷かれていた線路に頭を強かに打ち付ける。仰向けに倒れて動かなくなった男を見下ろして、ソフィアが恨めしそうにぼそりと言う。


「クレープの仇」


 ソフィアの怪力に呆然とするナタリーと革命団の男たち。少女が足元に落ちたクレープをちらりと一瞥し、やや残念そうに嘆息してから右手のイカ焼きを口に咥えた。


「お……俺たちに歯向かうつもりか!?」


 呆気に取られていた革命団の男がハッとしたように怒声を上げた。男を無視してイカ焼きをハムハムと咀嚼するソフィア。イカ焼きが美味しいのか無表情ながら幸せそうだ。少女に無視された革命団の男が懐から小ぶりのナイフを取り出す。


「逆らうつもりなら容赦しねえぞ! ぶっ殺されたくないなら――」


 男が脅し文句を言い終える前に――


 パンッと空気の弾ける音が鳴った。


「ひ――ぎゃあああああああ!?」


 革命団の男が膝から崩れ落ちる。右手のナイフを落として苦悶に表情を歪める男。その彼の右手が赤い血にベッタリと濡れていた。唖然としたままルークに視線を移動する。ルークの右手にはいつの間にか拳銃が握られていた。


 右手を撃たれて苦悶に呻いている男に、ルークが爽やかな笑顔を浮かべる。


「君たち知らないのかい? 歴史改定調査委員会は仕事上必要だと判断される場合に限り、超法規的措置が認められているんだよ」


「なん……どういう意味だよ?」


 唯一無傷の革命団の男が怯えを滲ませながらルークに尋ねる。男の問いにルークが「簡単なことだよ」と僅かに腰を落としてその微笑みに冷たい気配を混ぜた。


「つまり僕の仕事の邪魔をするようなら、殺されても文句は言えないってことさ」


 ルークが革命団の男に肉薄する。驚愕する革命団の男を愚直に蹴りつけるルーク。蹴られた男と右手を撃たれた男とが激突し、二人まとめてホーム下の線路へと落下した。


「……ち……ちくしょう……」


 ルークに蹴り飛ばされた男が慌てて立ち上がる。他の二人より比較的軽傷のためか、男の表情には怯えの中に怒りの気配も滲んでいた。だがその男の反抗の色も――


 突如響いた汽笛により一瞬で掻き消される。


「――そんな!?」


 目を見開いて驚愕する。いつの間にか列車が目前まで迫ってきていた。だが在り得ない。今は列車が通過する時間ではないはずだ。それなのにどうして列車が走っているのか。


「――ひっ」


 線路上にいる革命団の男から引きつった悲鳴が漏れた。列車に減速する気配はない。通過列車のようだ。もはや逃げる余裕もない。列車がホームに侵入し――


 革命団の男たちを無情にも圧し潰した。


「……ウソ」


 血の気が一瞬にして引く。教団と革命団は対立関係にある。しかしだからと彼らが死ぬことに動揺しないわけがない。呼吸も忘れて列車を見つめるナタリー。人を簡単にバラバラにできる鋼鉄の乗り物は、何事もないように彼女の眼前を数秒で通過した。


 呆然としたまま線路を見つめる。本当なら視線を逸らすべきだが、脳がマヒして視線を動かせなかった。赤く濡れた線路と細切れにされた人間の肉片。そんな光景を脳裏に浮かべながら現実を見つめるナタリー。彼女の視線の先には――


 線路上で目をクルクルと回して気絶する男たちの姿があった。


 気絶している革命団の男たちを呆然と見つめる。脳裏に浮かんだ凄惨な光景。だがそのような現実はどこにもない。まるでこの数秒間の出来事が白昼夢であったかのようだ。


「これで邪魔者はいなくなったね」


 ナタリーの困惑など気にもせず、ルークが気楽にそう肩をすくめる。我関せずとイカ焼きをもそもそと食べているソフィア。その少女の銀髪を優しく撫でながら――


「それじゃあナタリー。教会本部までの道案内と代金の立て替え。よろしくね」


 ルークがそれを当たり前のように要求した。


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