亡霊になったら自分の体が復活して勝手に動いてました
目の前が暗くなってきました。
あれだけの痛みもどこかへいってしまったかのような感覚がします。
ただ一つ言えるのは私がもうじき死ぬって事でしょう。
…どうしてこのような事になってしまったのでしょうか。
私は、王都に近い小さな街の有力な商家で生まれました。
物心付かずに両親を頂点として世界が回っていると思っていた時期に
近隣の物置場で美しい女性と出会いました。
あまりにも人間離れした女性を『女神さま』と評して今でも憧れの方です。
その女神さまは、右手の人差し指を立てて微笑みながら告げました。
「落ち着いて聞いてちょうだい」
「貴女には強力な光の魔力があって魔を打ち払うことができるわ」
「つまり王国が必死に育てようとしてる『勇者』の素質があります」
「大丈夫、自信をもって。貴方なら絶対にやり遂げられるわ」
「グッドラック」
最初は、意味が分からずに困惑していると女神さまは手を振りながら去っていきました。
更に混乱して家に戻り父に相談しました。
私の話を聞いた父は椅子から転げ落ちそうなほど大笑いをしてました。
当時は、このときほど正直に話したことを後悔したことはなかったです。
笑いが収まった父は、顔真っ赤になってムキになった私の頭を撫でて話しかけてきました。
「そうだな私の自慢の娘だ。勇者の素質があってもおかしくないな!」
「行商で王都に寄る際に魔力の測定を一緒にやってみるか」
「父である私はもっと凄い光の魔力を持ってるかもしれんからな!」
今考えれば父は恥ずかしさで顔真っ赤な私を勇気づけてくれたのでしょう。
それが運命の境目とも知らずに…。
王都で魔力測定を行なった所、魔力測定師がなにやら大騒ぎをして
測定師から話を聞いた王国軍の兵士が私たちに城に来るように命じられました。
そして城の会議室に招待された私たちは、王国軍のお偉いさんが真剣な表情で話し始めました。
冗談だと思ってたのに私は本当に光の魔力を持っていて
しかも100年に一度生まれるかどうかの素質を持っていると聞かされました。
それからはほとんど覚えてませんがとんとん拍子に
私が勇者になれるようにいろんな人が頑張ったんだと思います。
例えるなら、実は女神の生まれ変わりの少女を本人の意思とは関係なく
教会が勝手に盛り上がって祭り上げているような感じです。
当の本人は、まだ自覚はありませんでしたが筋力を鍛えたり本を読んで教養を身に着けるのが精一杯でした。
皆様も期待に応えるように私はずっと努力してきました。
でもそれ以外にも努力する理由があったりします。
15歳になったら王都にある王立魔法学園で二年間学んで一人前になったら
神殿で神の加護を受けると聞かれました。
ただの小娘がいきなり勇者になって魔王軍と戦うなんて無理なのは分かってました。
問題なのは王立魔法学園は、他国でも類を見ないほどトップクラスの難関校で
噂では神童が必死に努力してようやく入学できるとか。
いえ、私にとって問題なのは学園生活だったりします。
まだ知らぬ友人、運命の人、新鮮な学園生活、各分野のトップによる魅力的な授業。
強国の街で平和に過ごすのもいいけど新鮮な学園生活でエンジョイしたい!
想像するだけで胸が高鳴ってしまって、ふしだらな事を考えてしまう自分に情けなくなってしまいます。
そして月日は流れて15歳の誕生日を迎えて入学の準備の為、王都へ旅立つ時に事件が起こりました。
街へ迎えに来た王国兵たちは、人の皮を被った魔物でした。
まず油断していた護衛の王国兵たちを不意打ちで無残に殺して使用人にも手を掛けました。
父は、その場に立ち尽くしていた母を庇って火炎魔法で焼き殺され
母は、私を庇って喉元を噛まれ身体を引き裂かれました。
私自身、もしもの時に備えて護身術は会得していましたが
綿密に計画を立て訓練された魔王軍の相手ではありませんでした。
更に郊外に待機していたであろう魔物の群れが街へ侵入してきた時、私は捕まりました。
魔王軍は、街に火を放って生存者を片っ端から処刑していっていきました。
そして生存者が私一人になった時に四肢を捥がれて胸を切り落とされ傷口を焼かれて放置されました。
あえて殺さず時間をかけて苦痛を与えて死なせるというえげつない処刑方法ですよ…。
一番意識していた顔を傷つけられず強姦されなかっただけマシだと思いたいです。
…勝手に期待され調子に乗って勉学に勤しんで人生の最高潮から絶望のどん底に落とされた小娘。
これが私の人生でした。
走馬灯であれこれ思い出していたら目の前が真っ暗になりました。
あれだけ息をするのも苦しかったのに今は何も感じません。
ああ、死んでしまった。
私は皆様の期待に応えられず無残に魔物に殺されてしまいました。
お父さん。お母さん。執事さん。使用人のおば様たち。街のみんな。
国王陛下。顔馴染みの兵士たち皆さん。私を支援してきた王国の皆様。
ごめんなさい。
ああ…意識が や み に 沈ん ま…れ……。
「…嫌!嫌よ!こんな終わり方なんて認めない!絶対に認めない!」
「私はまだ何もやってない!小説ならプロローグで物語が終わったみたいなものだわ!」
「絶対に私は死なないわ!」
「私にはやり残したことがいっぱいあるんだから!」
「皆の期待を胸に私は最後まで足掻いてやるわ!」
「開いて私の瞳!動いて私の身体!さあさあこんなの所で死んで場合じゃないのよ!」
そうやって闇の中で【死】と悪戦苦闘してると目の前にぼんやり光が見えてきました。
私は無我夢中でその光にいくように意識を前に倒すようにぐいぐいと押し込んでやりました。
だって身体の感覚が無くて五感もないのでそれしかできないんですもの。
その努力が実ったのか光が強くなって辺りを包み込んでいきます。
目の前が光で真っ白になって…。
そして目が覚めました。
見渡しみると焼け焦げた残骸、無残に殺された人々の肉片が見えて辺りには火がまだ燻っていて
…すぐに四肢を捥がれて絶望な顔をして血と灰まみれで転がってる自分の死体を発見しました。
……。
ああ、ああ、あははははははははは!
そう、私は亡霊になったのね!
あれだけ忌み嫌ってた亡霊に!
神の加護を受けたまわる勇者とは相容れることが無いあの化け物になったのね!
未練が私を現世に引き留めてくれたのね。
どの未練が死人の私に力を与えてくれたのかしら?
私の未練?両親の無念?この街の住民の恨みや嘆き悲しみ…。
「神に感謝できない今、誰に感謝すればいいのかしらね?」
つい呟いた一言が空しく辺りに響くことすらできませんでした。
はてなマークが頭上に現れた気がしました。
確認してみると味覚も触感も嗅覚も聴覚すらありませんでした。
それでも視覚があり自分の意志があって現世で動けるというのが重要なのよ。
「成せば成る!もう勇者になれないけど私はこれでやっていくわ!」
そう決意したその時、辺りが光に包まれました。
「ああああ眩しいいいいい!」
光が眩しいのもありますが瞼がなく直視するしかできないのは辛いです。
横向けばよかったんじゃないか…と亡き父に小言で突っ込まれた気がします。
…はい、仰る通りです。
光が消えたと思ったらあの女神さまが美しい顔をしかめて佇まれていました。
「女神さま!女神さまじゃないですか!」
「ごめんなさい死んでしまいました!」
パニックになった私は死んだことをひたすら謝罪してましたがすぐに違和感を覚えます。
よく考えればおかしな点があります。
聴覚が無くて確認不十分とはいえさっきまで視界に居なかったのに急に現れたこと。
なにより辺りの状況からみて魔王軍襲撃からそう時間が経ってないのに
無傷で一人でこの街の中央広場に来れたこと。
考えるほど不思議な事だらけです。
「可哀そうにここまで無残に殺されちゃうなんて」
「やっぱりあの時に拉致して私の元に居させた方が良かったわね」
「言う事を聞かない頭でっかちな国王には本当に苦労するわ」
「…大丈夫、すぐに復活させるからちょっと待っててね」
なんか女神さまは、私を無視して私の死体に話しかけるシュールな状況になってます。
よく考えたら声を出してるつもりでも音がなくて聞こえないのかもしれません。
それよりパワーワードがいくつも出てきたような?
というより私は聴覚がないのに何で女神さまの声が聞こえるの?
こちらの疑問と視線を無視するかのように
女神さまは両手を上に挙げてから振り落して私の胸があった部位に優しく当てました。
やだ、私ったら貧乳キャラやまな板キャラを通り越して胸凹女子になったのね。
…って、亡霊になった私にはもう関係ない話で。
「上位 蘇生魔法!最上位 治癒魔法!」
「きゃああああああ!消える!浄化されちゃうううう!!」
女神さまがなにやら呪文を呟き終えた瞬間。
私の死体が光り輝いたと思ったら目に見えない強力な爆風が発生しました。
厳密にいうとあれが魔を打ち払うとかいう光の魔力なのかもしれません。
問題なのは魔を打ち払う力で私は木っ端みじんにされそうでした。
それでも私が昇天しなかったのは未練が強かったって事かしら。
読んだ本で光の魔力が効かない亡霊は上位の悪霊である幽鬼って書いてあったのよね。
つまり私って人間失格どころかA級討伐対象に指定されるクラスの幽霊なの?
ちょっとショックなんですけど。
「「なんてことなの…」」
憧れの女神さまと台詞が被って嬉しいですがそれどころじゃない。
目の前には四肢が捥がれた胸凹女子ではなく五体満足の健全な私が佇んでます。
傷どころか衣服も直っていて普段着のドレスに紫色のガーディガンを羽織っている私。
鏡ではなくこうやって直接見ると不思議な感じがします。
顔色が優れないようですがあんなことがあったら…ね?
「ああ、上位 蘇生魔法でも魂を呼び戻す事ができなかったわ…」
「魔王軍め!魂を抜き取るとは非道な事をするわね…!」
えっ?ああ、私の魂は亡霊になったので蘇生魔法を弾いたみたいね。
あれ?もしかしてあの女神さまは比喩じゃなくて本当に神様なの!?
そして私が亡霊にならなければ特に問題なく復活できたの!?
「一応、死んで間も無かったからか魂の残滓があったおかげでなんとかなったけどまずいわね…」
「ねえ?貴女は生きているの?」
女神さまの問いに私の肉体は泣きそうな顔をして軽く頭を振ったんだけど。
泣きそうなのはこっちなんですけど。
「…仕方がないわ。そこの幽鬼は放置して一緒に天界へ戻りましょう。」
「大丈夫よ。幽鬼は王国軍が討伐してくれるし、まず貴女だけでも復活できてよかったわ」
いや、女神さま!その幽鬼は私なんですけど!
私を浄化してもう一度、蘇生魔法を唱えれば完全復活できます!
女神さまは私の正体に気付かぬまま私の肉体の手を取って仲良く天を昇っていく。
それを呆然と見ている私でしたが。
「女神さま~!私の身体を返してください~~~!!」
当然、納得できるわけもなく慌てて彼女たちを追いかけたのは言うまでもありません。
それが後に女勇者として称えられる私と彼女を追いかける幽鬼になった私の
長い追いかけっこが始まるとはこの時は夢にも思ってませんでした。