令嬢、匠になる
「今日からおまえの部屋は、この『屋根裏部屋』よ!」
義母付の侍女に乱暴につきとばされた。
義母の嘲笑うような視線を呆然と見ているうちに粗末な扉は閉められて、ヴィラーナは部屋の中、一人になった。
どうも『屋根裏部屋』というのがきっかけだったらしい。ヴィラーナは不思議な記憶を思い出した。その記憶によれば、これは転生というもののようだ。どうも以前のヴィラーナは借り暮らしをしていたようで、『屋根裏部屋』とか、あとは意味をはかりかねるものの『ロフト』や『屋上のペントハウス』、などが琴線に触れる言葉だったらしい。
「屋根裏部屋……」
不思議な記憶に刺激されて、気分が高揚してきた。
なによりここは自宅、それも自室。いまやこの伯爵家を牛耳る義母にそう言われたのだから、誰がなんと言おうと、ここはヴィラーナの自室。借り暮らしではない、この自室では何をしても許される。急激に改造意欲がわいてきた。
「たとえば『トム・ソーヤー』みたいな……」
不思議な宝物であふれる部屋にしたい、そんな気持ちでいっぱいになり、ヴィラーナは思いつくまま、すぐに行動を開始した。
ヴィラーナは先妻の娘で、後妻に入った義母には疎まれ、義妹のルミエラには嫌がらせされ、下働きもさせられていたので材料は簡単に集められた。いくつかの壊れかけた木箱に、切り裂かれた服、煤、掃除中に拾い集めた綺麗な石や、木の実。
ヴィラーナは一人、部屋で腕まくりすると、部屋の魔改造にとりかかった。
比較的原型をとどめている木箱は、宝物を入れた海賊の宝箱に。木箱の一つは叩き壊して、木材に。この際、半壊していた四角い窓枠は無視して、船窓を想起させるような、あえてガタガタの円形に打ちつけた。残った木材の一部は切ったり組み合わせたりして画架に。
義母に捨てられた実母の肖像画は丁寧に裏返し、再度木枠に取りつけると画架に掛けた。そこに煤で絵を描く。描きかけのそれは、屋根裏から見える景色だ。
切り裂かれた服は細く縒りあわせ、網にして天井にかける。余り布などを放り込めば、見せる収納だ。
「んふふ」
なかなか混然とした部屋に仕上がった。
貴族の暮らしに慣れた義母やその侍女には、およそごみの部屋にしか見えなかったのだろう、これ以上荒らされることもなかった。
「お義姉さまは……楽しそうね」
以前は意地の悪いことをしてきた義妹のルミエラも、高熱で寝こんだと聞いたあたりを境に人が変わったようになっていた。ヴィラーナに何か嫌がらせすることもなくなり、こっそり足りない材料を手配してくれていたりする。
「『ヒメ恋』の世界なのに、まさかお義姉さまが『匠』になっちゃうなんて……」
気のきく義妹の嘆息もヴィラーナは聞いておらず、あれこれと構想を練るのだった。
が、ここで問題が。
ヴィラーナとルミエラが、王立学園に入学することになったのだ。
寮生活では、好きに改造もできない。いや、正確には改造しても卒業時には元の状態に戻さねばならない。
さらに、ヴィラーナは第三王子との婚約が決まってしまった。王宮など、王子妃が自ら改造できるわけがない。希望は伝えられるだろうし、権力と金銭的問題が解決すれば離宮の設計くらいには携われるだろうけども、自分で実行することはできないに違いない。
「なんということでしょう!」
ヴィラーナは学園にいる三年の間、嘆き続けた。
ちょいちょい、学園の庭の大規模整備や、講師たちの研究室のちょっとした大改造をはさみつつ、そして魔改造の妄想はやめることなく、嘆き続けた。
そうして迎えた卒業記念の祝宴、ヴィラーナは前夜にルミエラから手渡された調査書を握りしめ、一人、待っていた。
「ヴィラーナ嬢、貴女との婚約を破棄する!未来の王子妃ルミエラに対して貴女が犯した罪は軽くない。最果ての技神神殿にて、生涯己の罪を悔いるが良い」
王子の無情なる宣告。最果ての神殿と聞いて、周囲の人々が息をのむ。
辺境の断崖にたたずむ崩れかけた神殿は、人が住むにはあまりにも苛酷と有名であり……ヴィラーナの行動を知る者にとっては、その行く末が予想できたせいでもある。
「御言葉のままに」
ヴィラーナは荒れ狂う情熱を内に秘めて、王子の言葉を静かに受け入れた。
ルミエラから渡され、今もしっかりと握りしめているその調査書は、王子から告げられた神殿の資料だった。神殿外観の絵から、建設された当時の設計図、現存する間取り、常住する人もいないこと、王子とルミエラが買い取ってヴィラーナ名義にしてあるので好きにしていいこと、などの重要事項が記載されている。
「連れていけ」
王子の合図で、ヴィラーナは騎士たちに連れられ、立派なあつらえの馬車に乗せられた。馬車にはヴィラーナが愛用していた『ツナギ』や工具箱、構想帳など、必要なものがすべて積まれている。
「神殿までお送りします」
「お願いします!」
こうして、ヴィラーナは意気揚々と旅立った。
――のちに、最果ての神殿は『匠』の生涯における最高傑作として高く評価され、年に何十万人もの人が訪れる聖地となる。
のだが、このとき、そんな未来は誰も想像していなかったのだった。
王子「これで良かったのだろうか?」
義妹「お義姉さまの才能を、王子妃なんかに閉じこめてはもったいないのです」
お読みいただきありがとうございました。