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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第四章 隠された傷跡
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98、男湯






 女性陣が移動し、茶の間には男性陣とルーが残された。


 「ルー、お前どうすんの?」


 「えー? そりゃ勿論一緒に入るよー。何ならイツキの背中でも流してあげようかー?」


 「いや、いらん!」


 当然のように言われた言葉に慌てていると、璃穏さんがひょいっと会話に顔を出す。


 「ルコレにはライナードが用意した専用の風呂があるよぉ?」


 「え、そうなのか?」


 「実はそうでしたー。冗談だよー、真に受けちゃっておもしろー」


 流石にドラゴン達も、男の娘には配慮してくれたらしい。

 手拭いを受け取り、「お先ー」と駆けていくルーの背中を見送った璃穏さんが、くすくすと密やかな笑い声を上げた。


 「久々に一期君と会えてルコレもはしゃいでるねぇ」


 そう言うと彼は、「おれ達も行こうかぁ」と皆を先導するように廊下に進み出た。

 璃穏さんに脱衣所に案内され、皆で衣服を脱ぐ。


 皆一緒に風呂に入ることにミュンツェさんは戸惑うかと思ったが、大してそんな素振りは見受けられない。よく考えれば俺の入浴の手伝いに執事さん達が付くのなら、恐らくミュンツェさんにも手伝いが付いているのだろう。

 ミュンツェさんが脱いだ上着を受け取り、素知らぬ顔をしているスカイルを疑問に思い訊ねる。


 「ん? スカイルは入らないのか?」


 「バカかお前。主人と一緒に風呂に入ったなんて執事長のジジイにバレたら、オレがどやされるわ」


 スカイルがそう言って肩を竦めた時、振り返ったミュンツェさんが薄く笑った。


 「彼には秘密にしておくから、スカイルも一緒に入ればいい」


 「えっ、そっすか?」


 ミュンツェさんの言葉にあっさりと掌を返し、「じゃあ、遠慮なく入らせてもらうっす」と言うスカイルに、思わず苦笑を零してしまう。

 後で合流するという彼を残し、俺達は先に湯舟に入らせてもらうことにした。


 湯の中に沈み、「はーっ」と吐息を漏らすと璃穏さんに「一期君、おじさんっぽーい」と茶々を入れられる。


 「えっ、そんなことはないですよ!」


 「真に受けるな。璃穏の冗談じゃ」


 年頃の男子としては中々刺さる一言に言い返すと、ライナードさんに呆れたような横目で見られてしまった。


 「おーおー、盛り上がってんじゃねぇか」


 「うおっ!」


 不意に耳元に囁かれ、ビクッと肩を跳ねさせるとケラケラと笑い声が聞こえてくる。振り返ると、足音もなく忍び寄っていたスカイルが人の悪い笑みを浮かべていた。

 しかし俺は、彼の笑みよりもその身体に刻み込まれた傷跡に意識を奪われる。


 古い跡から新しい跡の数々が、スカイルの全身を網羅するように刻まれていた。一番新しいと思われる肩の傷口は深く、緋色の跡が残っている。

 俺はふと、その傷口の正体に思い当たってしまった。あれは、ゼスが彼を斬りつけた時のものだ。


 俺達の何とも言えない表情に気付いたスカイルが頭を掻き、すこしぶっきらぼうな声を出す。


 「あー、お前が気にしてどうすんだよ。もう血も出ねぇし大丈夫だ」


 そう言い、湯に足をつけた彼が「熱ッ‼」と飛び跳ねたので俺は思わず笑ってしまったが、それは酷く不格好なものだっただろう。

 少しずつ湯の温度に慣らしたスカイルがようやく肩まで浸かったのを見て、俺は改めて周りを見回す。


 璃穏さん、ライナードさん。ミュンツェさんに、スカイルもそうだが……。

 ……全員、顔が良い。


 ドラゴンの血は顔にまで作用するのだろうか、ライナードさんや璃穏さんのいっそ凄味を感じる程の美は同性しかいない男湯の中でも遺憾なく発揮されており、仕草一つ一つが絵になる。

 絵になるといえば、ミュンツェさんが濡れた髪を無造作に掻き上げ、いつもきっちり整えられた頭が乱れている姿が、まるで男性アイドルが写真集でわざとラフに髪をセットしたようで、実に素晴らしい被写体になりそうだ。


 唯一同年代のスカイルは、最初こそ傷だらけの身体に目が奪われてしまうが、よく見ると整った顔立ちをしている。いつもはボサボサ(最近は少しマシになってきたが)の髪が濡れてぺしゃんとボリュームを失うと、幾分か幼く見えるから不思議だ。


 そして、更に加えると全員筋肉質な、良い身体をしている。

 一番鍛えられているのはライナードさんで、無駄なく付けられた筋肉は文句の付けようがない。次にマッチョなのはスカイルで、特に大鎌を振り回していた腕は太く、俺の太腿くらいあるんじゃないかと錯覚するほどだ。


 意外なことに、細身に見えるミュンツェさんや璃穏さんもその実身体は引き締まり、そこそこ鍛えられていることが分かる。着痩せするタイプか。

 俺は自分の貧弱な身体を見下ろし、こっそり溜息をついた。正直、喉から手が出る程羨ましい。


 俺は肉が付きにくい身体のようで、太りにくい代わりに筋肉も付きにくい。よく愚痴を漏らすと妹に「贅沢者!」と言われていた。やっぱあれか、少しでも筋トレしないとダメか。

 ちなみに、これが修学旅行の大風呂なんかだともっと下品な話に花が咲くのだが、流石にミュンツェさん達は大人だ。スカイルの物言いたげな視線には気付かなかったことにする。


 「そういえばさぁ」


 ふと、璃穏さんが思い出したように俺を振り返った。


 「一期君は、今後どうしたい?」


 「え?」


 唐突に問われた意味が分からず、俺は首を傾げる。


 「この世界に残りたい? 向こうの世界に帰りたい?」


 「帰りたいもなにも、俺は、帰れないんじゃ……」


 彼の言いたいことが分からない。すると、璃穏さんはあっさりと言った。


 「帰れるよぉ。おれが一期君を向こうの世界に連れて行ってあげればいいだけだもん」


 「えっ⁉」


 その言葉に驚いたのは俺だけではなかったようで、ミュンツェさんも目を瞠っている。


 「家に、帰れる……?」


 「うん。まあ、また考えといてぇ。おれは急かさないからぁ」


 呆然と呟いた俺の声に頷き、璃穏さんはぐーっと伸びをする。

 俺はしばらく視線を水面に落として沈黙し、熱さに耐えられなくなったスカイルが立ち上がるまで一言も話すことができなかった。






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