95、赦さない
俺がメリアの肩から手を離すと、彼女は頬に伝い落ちた涙を手で拭う。
「アルストロメリア」
その時、厳しい声音のライナードさんが、メリアに声をかけた。
「わしらは、お前を赦してはおらぬ。モモを守れず、クオンの命を奪い、あまつさえその罪から逃れようとしたお前を、赦す道理があるものか」
低く唸るようなライナードさんの刺々しい物言いに、先程までの柔らかい空気が霧散する。
「忘れるなよ。お前の手は、既に穢れているのだということを」
メリアを睨みつける彼の人外の気迫に呑まれ、俺達は身動きを封じられる。しかし、メリアは「ええ」と首肯してみせた。
「分かっていますわ。わたくしは、『同族殺し』。仲間を殺したわたくしは、決して赦されることはありません。ならば、せめてその烙印は背負っていきましょう」
凪いだ瞳で見つめ返す彼女の視線に、ライナードさんがフンと鼻を鳴らす。
「……わしは、お前のそういう空々しい物言いが嫌いじゃ」
「構いません。わたくしも、貴方に好かれようとは思っていませんもの」
火花を散らす二人に冷や汗を浮かべていると、「あのー」とその中に割って入る勇者が現れた。
「今までクオンの話を聞いてきたけど、それがイツキの誓いの糸とどう関係があるの?」
恐れ知らずな勇者ことルイーゼの問いに答えたのは、面白そうにメリアとライナードさんを見守っていたエレヴィオーラさんだった。
「ああ、それはアルストロメリアがよく知っているでありんす」
唐突に話の矛先を向けられたメリアが、ギョッとしたように俺達の方を振り返る。
「な、なんですの?」
「アルストロメリアちゃん、全部白状しちゃいなよぉ」
璃穏さんが促すが、メリアはしらばっくれるように顔を背ける。
「わたくしは、何も知りませんわ」
「じゃあ、おれが話しちゃうねぇ」
「璃穏!」
メリアの静止の叫びに構わず、璃穏さんはあっけらかんと言い放った。
「まあ、簡単に言っちゃえばぁ、父上を殺した後に逃亡したアルストロメリアちゃんは、その先でとある男の子と出会って誓いを結んだんだよねぇ。それが、一期君の前世ってわけぇ」
「はあ⁉」
彼の口から飛び出した突拍子もない話に、思わず声を上げてしまう。
「え、ちょ、待ってください。俺の前世って、えぇ?」
聞きたいことはあるのに、混乱を極めた頭では考えが纏まらない。
「おい、どーいうことだよそれは」
代わりに声を上げたのは、今まで大人しくしていたスカイルだった。
「違う世界の人間だと言われたと思えば、ドラゴンと誓いの糸ってやつで繋がってやがるし、それに加えて今度は前世だって? イツキ、お前何なんだよ」
「俺の方が聞きたいくらいだ」
胡散臭そうに横目で見てくるスカイルに言い返し、璃穏さんの方に視線を向ける。
それを受け、彼は袂の中に手を入れながらゆっくりと唇を開いた。
「まあ、さっき言った通りなんだけどさぁ。一期君の前世は、この世界の人間でアルストロメリアちゃんと誓いの糸を結んだ。糸の力により、二人はこうしてまた出会えたってわけぇ。まあ、一期君から糸の気配を察知したおれが、強制的に連れてきちゃったようなもんだけどぉ」
「はあ……」
璃穏さんの言っていることは理解できるものの、いまいち実感が湧かない。その時、にこにこと微笑んでいた彼の顔からスッと笑みが引き、真剣な眼差しが瞳に宿った。
「一期君。おれ達はね、君に謝らなければならないんだ」
居住まいを正して、三人が俺と改まって向き合う。そういえば、さっきも同じことを言っていたな。
「君の前世――セイン君っていうんだけど、おれ達がアルストロメリアちゃんを見つけた時、そこにはセイン君もいてね。おれ達の争いに彼を巻き込んでしまい、結果、彼は命を落としてしまった」
「え?」
反射的に聞き返すと、璃穏さんは言葉をかみ砕いて話す。
「一期君の前世、セイン君が死んでしまったのは、おれ達のせいなんだ」
「それって、そのセインって奴をあなた達が殺したってこと?」
物騒な物言いにギョッとして振り返ると、ルイーゼが首を傾げていた。
「いや、セイン君は調律を起こしてしまい、死んでしまったんだ。彼が限界を超える程の魔法を使わせてしまった、おれ達の落ち度だよ」
そう言うと、璃穏さんはその場で土下座寸前まで深く頭を下げた。彼に続き、ライナードさんとエレヴィオーラさんも頭を下げる。
「おれ達の争いに巻き込み、本当に申し訳なかった」
「そんな、いいんです、大丈夫ですから」
俺は狼狽えながらも、「頭を上げて下さい」と告げる。ゆっくりと身体を起こす三人に、俺はしどろもどろになりながらも言葉を紡いだ。
「えっと、ぶっちゃけ前世とかまだよく分かんないし、俺的には起きてしまったことは仕方ないと思うので、その、上手く言えないんですが、とにかく璃穏さん達が謝る必要はないです」
「一期君……ありがとうね」
俺の言葉を聞いた璃穏さんが、唇に淡い笑みをのせる。
その様子を、メリアが睨むような視線で見つめていたことに、その時俺は気付かなかった。