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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第四章 隠された傷跡
93/120

93、クオン






 絶叫していたクオンは、不意にその場に残るエルフの残り香に気付いてしまった。


 「クオン……?」


 モモの亡骸を横たわらせ、ゆらりと立ち上がった彼の只ならぬ様子に、エレヴィオーラが抑えていた手から顔を上げる。

 彼女の声に答えた声は、人間の声ではなかった。

 喉の奥で獣のような唸り声を上げたクオンが、ドラゴンの姿を纏い宙に浮かび上がる。


 「クオン!」


 仲間の静止の声も届かず、激情に駆られた彼は怨嗟に満ちた声を残して、残り香を頼りに空を駆ける。

 巨大な翼で羽ばたくクオンは、瞬く間に精霊の力で宙を移動していたエルフの集団に追いついた。


 彼は吼えた。憎しみを、怒りを込められて放たれたその叫び声に、振り返ったエルフ達は恐怖に顔を引き攣らせる。

 そして、彼らが逃げることはおろか、反撃の機会すら与えられず、一瞬で肉薄したクオンの鋭い爪が一人のエルフの身体を引き裂いた。


 落下していく仲間の姿に目を奪われた二人目は、ドラゴンの巨大な歯によって噛み殺される。

 そうして、エルフ達は一人残らずクオンの爪と牙の餌食になった。最後にまとめて精霊達を口から吐き出した炎で燃やして消滅させ、束の間クオンはその空間に漂う。


 その時、クオンはほぼ正気を失っていた。憎き仇を葬ったという昏い喜びとそれを上回る虚無感に狂いそうになりながら、辛うじて理性の糸は保つ。


 しかし、運命は残酷だ。


 クオンの目が、遥か遠くの景色を映し出す。

 そこには、二人のエルフの子供がいた。その少女と少年は無邪気に遊びまわり、そこには彼女達を慈愛に満ちた瞳で見守る一人の女性の姿が映り込んでいた。


 クオンは息を呑んだ。

 その女性の表情が、璃穏を見つめるモモの顔と酷似していたからだ。


 保っていた理性の糸が、キリキリと張り詰める。

 モモの命を奪ったエルフの子供が璃穏に、母親の姿がモモに重なり、彼女の命を奪ったエルフが幸せそうな様子であることに、クオンの心は耐えられなかった。


 やがてプツンと、その糸は切れてしまった。


 「―――――――――――ッ‼」


 声の限りに叫んだクオンの絶叫が、地震の形を伴い、世界に轟く。

 完全に正気を失った眼に昏い焔を灯し、彼は空を滑空した。

 どこまでも果てしなく続くと思われていた下界の中に目的の集落を見つけ、クオンは一声咆哮を上げてから、集落に向けて黒い炎を吐き出す。


 そこからは、阿鼻叫喚の騒ぎだった。

 クオンは蹂躙の限りを尽くした。彼の炎に焼かれた木々が一瞬で燃え尽き、炎に巻かれた人々や精霊達が苦しむ間もなく肉体を失う。辺りは焦土と化し、地表で黒い炎が燻った。


 「クオン‼」


 その時、地上に金色のドラゴンが降り立った。

 ドラゴンの姿を解き、少女の姿になったアルストロメリアがあまりの地獄絵図に絶句する。

 彼女は、クオンの後を追ってきていたのだ。


 「貴方、自分が何をしているのか分かっているのですか⁉」


 アルストロメリアの糾弾に、のそりと首を巡らせたクオンが、ドラゴンの姿を解く。

 青年の姿に戻った彼は、俯いて右手を掲げると、そこに一本の刃を召喚した。

 それは、争いを好まなかった彼が初めて手に取った武器。


 日本刀の真っ黒な刀身はどこまでも薄く、鋭い。あまりにも華奢なその剣を手に、クオンはアルストロメリアに飛び掛かった。


 「クオン!」


 アルストロメリアは彼の攻撃を避けながら、自身の剣を空間の切れ目から取り出す。

 その勢いで振り下ろされた剣を、しかし彼は易々と躱してみせた。


 見れば、クオンの黒い瞳が怪しい光を放っている。


 「わたくしの次の手を見ているのですね」


 彼女は苦しい戦いに顔を顰める。なんとクオンは、少ししか見えないはずの未来を見て、アルストロメリアの攻撃を読んでいたのだ。

 アルストロメリアは苦し紛れに、剣から黄金の炎を放った。その炎はクオンから放たれた黒い炎に相殺されるが、彼女は構わずクオンに斬りかかる。


 アルストロメリアが高速で剣を操り、懸命にクオンの姿を追うものの一歩先を見ている彼は身体をくねらせ次々と攻撃を避けていく。その高度な駆け引きは、アルストロメリアの神経をすり減らし、余裕を奪っていった。


 そして、彼女はその一手を誤ってしまった。

 考えるよりも早く振り抜かれた金色の炎を纏った剣が、あまりにも軽い手応えと共に反射的に構えたクオンの刃を叩き折る。

 その勢いのまま、黄金色の刀身は彼の胸元を斬りつけた。


 「あ……」


 呆然と、クオンを見つめるアルストロメリアの視線の先で、焔が爆ぜる。

 金色の炎が黒い炎を蹴散らし、一瞬だけ虚空に手を伸ばしたクオンの身体がアルストロメリアの炎に包み込まれた。


 「クオン―――――ッ‼」


 少女の悲痛な叫びに、燃え上がった炎が解かれ中にいた者の姿を掻き消す。

 ドラゴンの中でも、最も力の弱かったクオンはアルストロメリアの炎に耐えられなかった。


 影すら残らず、消えてしまったクオンの姿に、彼女はその場に膝をついて絶叫する。


 「アルストロメリアぁあああああああッ‼」


 刹那、怒声と共に青色のドラゴンが降り立ち、人型を纏った瞬間少女に向けて指を突き付けた。


 「お前、クオンを殺したのか⁉ 仲間を、同族を、その手で殺したのじゃろう⁉」


 「ち、違いますわ……」


 アルストロメリアを責め立てるライナードの怒鳴り声に、彼女は追い詰められていく。


 「わたくしは、わたくしは……!」


 「なにが違うというのじゃ! お前が、クオンを殺したのだ‼」


 「ッ!」


 容赦なく突き付けられた現実に、顔を覆った彼女の姿がドラゴンの姿へと変化する。


 「待て! 逃げる気か⁉」


 その場で羽ばたき、飛び去って行った金色のドラゴンを、青いドラゴンが追う。

 彼女達がいなくなった後、クオンが燃え尽きた場所ににじり寄る一つの影があった。







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