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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第四章 隠された傷跡
92/120

92、モモ






 クオンとモモの元に璃穏が産まれ、ドラゴン達は子育てに追われる日々を送っていた。

 そんな中、他種族では不穏な動きが起こっていた。


 クオンがモモを連れてきた頃からドラゴン達から漂う人間の匂いに、嗅覚が敏感な亜人達は気付いていた。

 畏怖の象徴であるドラゴンから人間の匂いがすることに、亜人達は騒然とした。


 一種の神聖さすら感じさせるドラゴンという存在に、人間が関わっているという事実を亜人達は受け入れられず、抱かれた敵意はその人間に向かっていった。


 やがて、悪魔の囁きが彼らを行動に移させる。


 その日、クオンは人間と亜人とが揉めている場面を『目』で目撃し、争いを治めるために妻と子をアルストロメリアに託して、その場に向けて漆黒の翼を広げた。

 ライナードとエレヴィオーラの二人はモモの世界に出掛けており、東の果てにはアルストロメリアとモモ、そして璃穏の三人だけが残されていた。


 「ある。もも、りおん、おさんぽ」


 アルと呼ばれたアルストロメリアは畳んでいた洗濯物から顔を上げ、幼い子供と手を繋ぐモモを見上げた。


 「散歩に行くのですか? わたくしは残っている家事を片付けるので、お二人で行ってらっしゃい」


 「わかった。いってきます」


 「あいー!」


 アルストロメリアが見送り、下駄を履いた二人は振り返って彼女に手を振る。アルストロメリアが振り返したのを見て満足したモモは、璃穏を連れて庭の中をゆっくりと歩き始めた。

 ライナードとエレヴィオーラの二人が力を入れて造り上げた日本庭園は、それはそれは立派なものができ、毎日散歩を欠かさないモモや璃穏、そしてクオンの目を楽しませてくれた。


 橋の上を渡ったモモは璃穏に手を引かれ、池の畔にしゃがみ込む。

 水面に手を入れ、波紋に驚いた錦鯉が驚いて逃げていく様を喜んで遊ぶ璃穏が池の中に落ちないように抱えながら、彼を自由に遊ばせていた時、不意に揺らめいていた水面に影が映り込んで怪訝に思ったモモは振り返る。


 彼女の背後には、数人の男女が立ちはだかっていた。

 煌めく髪色に端正な顔立ちのその人々は、尖った耳を露わにモモと璃穏に対して嫌悪感を剥き出しにした。


 モモは知らなかったが、その人々はエルフの集団だった。

 精霊の力を借り、集落から東の果てまではるばる遠征してきたエルフ達は、目的であるモモを目の前に彼女を罵倒した。


 「……貴様のような人間如きが、何故ドラゴンに気に入られるというのだ⁉」


 「卑しい人間め!」


 「その子供も、全くもって汚らわしい!」


 口々に暴言を吐かれ、モモは恐怖に顔を引き攣らせながらも事態を理解していない璃穏を守るかのように抱き締める。

 その動きに、エルフ達は神経を逆撫でられたように目を吊り上がらせた。


 「なんだ、その非難がましい目は!」


 感情に任せるままに振り上げられた、エルフの手に魔力が集う。


 「りおん!」


 家の中からアルストロメリアが飛び出し、我が子の名をモモが叫んだ瞬間に、エルフの手から風刃が放たれる。

 アルストロメリアの悲鳴と共に、池の中が赤く濁った。



========================================



 手の中から、赤い糸がはらりと解けた。


 「え?」


 クオンは突然燃えるように熱を発した誓いの糸が前触れもなく解け、呆然と掌を見つめた。


 「モモ?」


 愛する妻の名を呟いた刹那、唐突に目の前にある景色が広がる。

 見覚えのある庭園。橋が架けられた池の畔で、水の中に落ちていく人影。その小さな体躯から鮮血が噴き出し、池の水が赤く染められていく。


 煙のように掻き消えた光景に、クオンは息を呑んだ。


 「モモ―――――ッ‼」


 無意識に絶叫が迸り、彼は人型からドラゴンの姿に戻って無我夢中で空を駆ける。

 気付けば、彼は東の果てに降り立ち、橋の前で人型に戻っていた。


 ふと、小さな子供の泣き声が鼓膜を揺らす。


 「……璃穏?」


 この先を知るのが怖いという恐怖に抗い、クオンは下駄を鳴らして橋の上を駆けた。

 そして、目に飛び込んできた光景に、彼は立ち尽くした。


 泣き叫ぶ璃穏をアルストロメリアが抱き締め、ライナードが俯き、エレヴィオーラが蹲って肩を揺らす。

 そして、彼女達の視線の先には地面に横たわったモモの姿があった。


 誰かが池から引き揚げたのだろうか、髪も着物もびしょ濡れで、早く拭いてやらなくてはと思う。

 赤い瞳は焦点を失い、ぼんやりと虚空を見つめるばかりで、いつもより更に血の気を失った肌は生気の欠片も感じない。

 そして、ぱっくりと裂けた首筋から流れたのであろう血痕が、彼女の着物を赤黒く汚していた。


 「モ、モ……?」


 「クオン……」


 途切れ途切れに紡がれた声に、アルストロメリアが顔を上げる。


 「傷口にわたくしの血を流し込みましたが、出血量が多くて……間に、合いませんでした……っ」


 話している途中でしゃくり上げる彼女の横を通り過ぎ、覚束ない足取りで近付くクオンに場所を譲るようにライナードとエレヴィオーラが横に退いた。

 足から力が抜け、モモの傍らに膝をついたクオンは、彼女を抱き上げる。


 「モモ……っ」


 抜け殻の身体は酷く重く、かくりと折れた首には痛々しい傷口が刻まれ、瞳には光が灯らない。


 「――――――――――ッ‼」


 彼は慟哭した。

 正気を失った瞳からは滂沱と涙が溢れ、クオンは天を仰いで声の限りに叫んだ。







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