91、呪い
「誓い……?」
思わず呟いた俺の声に、エレヴィオーラさんが「そうでありんす」と頷く。
「まあ、ドラゴン流の結婚の儀式みたいなものだよぉ」
口を挟んできた璃穏さんが袂に手を入れながらのんびりと言い、エレヴィオーラさんがその後を継いだ。
「誓いを交わした者は、互いの指に赤い糸が絡みつくでありんす。その糸は二人が別たれようとも繋がりが消えることはなく、再び巡り合わせる。誓いとは、そういうものでござりんす」
静かに紡がれた言葉に、俺は思わず自分の左手を見下ろす。
その瞬間、まるで何かに呼ばれたかのように小指に絡みつく赤い糸が顕現した。
「まさか、これって」
「そうだよ。それが、誓いの糸だよぉ」
璃穏さんの声に顔を上げると、彼は唇に薄い笑みをのせて俺と目を合わせる。
「え、だって、これは呪いじゃないのか?」
「……呪いだと?」
戸惑う俺が零した言葉に、ライナードさんの眉が気に障ったように顰められた。
「ええ、この糸は呪いですわ」
刹那、メリアから発せられた声に、その場の全員の視線が彼女に集まる。
「アルストロメリア。もう一度申してみなんし」
冷ややかな眼差しを送るエレヴィオーラさんを振り返り、彼女はゆっくりと口を開いた。
「誓いの糸は、ドラゴンの呪いだと言ったのです」
「ふざけるな! お前、自分が何を言っているのか分かっておるのか⁉」
メリアの挑発するような言葉に、ライナードさんが怒気も露わに見を乗り出して彼女の胸倉を掴む。
「クオンの、モモの想いを、お前は侮辱するのか⁉」
「……その誓いが、あの子を殺したのでしょう⁉」
目を吊り上げて怒鳴りつけるライナードさんの手を掴み、メリアが叫び返した。
「なんだと……」
「あの誓いがなければ、モモやセインは死ななくてよかった! これを呪いと言わなくて何と言うのですか⁉」
メリアの剣幕に、ライナードさんが思わずといったように手を放す。
降り立った沈黙を破ったのは、璃穏さんとエレヴィオーラさんだった。
「二人共ぉ。皆、訳が分からなくて困ってるよ」
「話の続きをしてもよろしいでありんす?」
窘めるような二人の声に、睨み合っていたメリアとライナードさんはお互いに顔を背ける。
「あ、ミュンツェ君達は全く分かんなかったと思うけど、一期君とアルストロメリアちゃんは誓いの糸で結ばれているんだぁ」
「「え⁉」」
話についていけなくて呆気に取られていたミュンツェさん達に、璃穏さんが軽い調子で説明すると思わずといったように双子が驚きの声を漏らした。
「イツキ、お前いつの間にそんなの交わしたんだ?」
「いや、俺も知らねぇよ。メリアと会った時に、勝手に糸が巻きついてきたんだ」
スカイルの問いに答えるが、そのせいで余計に話がややこしくなった気がする。現に、ドラゴン達以外の人達の頭上に疑問符が目に見えるようだった。
「それは、これから説明するでありんす」
その時、エレヴィオーラさんの言った言葉に、ざわついていたその場が水を打ったように静まり返った。
「クオンとモモは誓いを交わし、それから数年が過ぎてやがて璃穏が産まれました」
「そういえば、おれの名前つけてくれたのってライナードだったっけ?」
「……そうじゃ。向こうで覚えた漢字から考えた」
過去を振り返る三人はどこか幸せそうで、当時が幸福だったことを思わせる。
「小さい時は幸せだったなぁ。母上がいて、父上がいて。ライナードもエレヴィオーラも、アルストロメリアちゃんもいて」
噛み締めるように呟いていた璃穏さんの表情が、不意に翳る。
「……でもね、そんな日々も長くは続かなかったんだよねぇ」
今まで笑顔しか見せてこなかった璃穏さんの初めて見た暗い表情に、俺は目を見開く。
「母上と父上は殺されたんだ」
そして、彼は血のように赤い瞳で静かに彼女を見据えた。
「父上は、アルストロメリアちゃんに殺された」