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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第一章 孤独の少女
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9、よい夢を






 「旦那様、お客様をお連れしました」


 メイドの声と同時に飴色の扉が開き、少女が中に入ってくる。


 「お待たせいたしました。散らかっておりますが、ご容赦ようしゃください」

 ミュンツェの言葉に、視線を落とした少女はそこに広がっている桜の花びらを認めた途端とたん、顔色を変えた。


 「この花は、イツキの荷物の中から出てきました。恐らく、彼は異なる世界の人間なのでしょう」


 「貴方、この花の意味を分かっているのかしら?」


 少女の低い声に、ミュンツェは真剣な面持ちで答える。


 「はい。私はかつて、イツキの住む世界へと行ったことがあります。そのときに、『サクラ』の木を見ました」


 「……そう」


 そのとき、ミュンツェが先程と同じように少女の前で跪いた。


 「……凍結塔の中で眠っていたらしいですね。その御髪おぐし御姿おすがた、まさか、貴女様は―――」


 「だったらなんだと言うのです」


 唄うように続けるミュンツェの言葉を遮る少女。

 その視線は、まるで氷水にさらされたように冷たく凍てついている。


 「……いえ、ただ私はイツキと貴女様の味方でございます。そして、どうかイツキの前での振る舞いをお許しください」


 その瞬間、西日に照らされたミュンツェの顔の中で朝焼け色の瞳が妖しく輝く。


 「貴方様も、そのほうがご都合がよろしいのでしょう?」


 「……食えない男ですわね」


 少女はそっと、冷笑を浮かべた。

 ティーカップの中に浮いていた桜の花びらが、音もなく液体の中へと沈んでいった。


========================================


 その少年はあまりにも幸福だった。


 少年は笑っていた。少年の隣に腰を下ろしていた少女も笑っていた。


 身を寄せ合い、無邪気むじゃきに笑うその時間はとても幸せで。


 けれども彼は、これが夢だということを知っている。


 何故なら、彼には二人の声が聞こえない。


 彼には、二人の顔が見えない。


 だから、彼は知っている。これが、―――夢だということを。


========================================


 左手のくすぶるような熱に、俺は目を覚ました。


 一瞬自分がどこにいるのか分からず混乱したが、すぐに記憶が追い付いてくる。

 清潔な寝具。巨大なベッド。調度品は趣味良く揃えられており、窓辺に生けられた一輪挿いちりんざしがどこか儚くたたずんでいる。


 ここは、ミュンツェさんの屋敷の客間だ。

 メイドさんに案内された後、部屋で一人になった俺は押し寄せてきた疲労感にたまらずシーツの上に寝転がり、そのまま寝入ってしまったようだ。


 昼寝をした後のような独特のだるさと火照りを感じながら、風に当たりたいと感じた俺は脱ぎ散らかしたスニーカーを履き、窓辺に近づく。


 「げっ……もう夜か」


 室内はランプが灯っていたので分からなかったが、窓の奥は闇に染まっていた。


 蝶番ちょうつがいを外し、観音開かんのんびらきの窓を開けると、ひんやりとした冷気が部屋の中に押し寄せる。夜は少し冷え込む季節のようだ。

 一輪挿しが風に揺れるさまをぼんやりと見つめながら、俺は先程見た筈の夢を思い出そうとしていた。


 しかし、確かに見た筈の夢は思い出そうとすればするほど遠ざかっていく。


 ……チリン。


 不意に、耳の後ろで鈴の音が微かに響いたような気がした。


 ハッとして振り返ると、今度は背後から子供の笑い声のようなものが鼓膜を叩く

 振り返ってみても、そこには人っ子一人いない。

 俺の背筋を冷たいものが這い上がった。


 その瞬間、ドアをノックする音が部屋中に響き渡った。


 「どわぁ!?」


 反射的に悲鳴を上げてしまい、思わず口を押えていると「……入っても構いませんこと?」と、少女の怪訝けげんそうな声がドアの向こうから聞こえてきた。


 「あ、ああ、大丈夫だ」


 なんちゅータイミングだ。マジで口から心臓転がり落ちるかと思った。


 早鐘を打つ心臓をなだめていると、音もなくドアが開く。

 部屋の中に入ってきた少女は、膝上のネグリジェにサンダルという薄着で、寒々しい恰好に俺はギョッと息を呑んだ。


 「……寒くねぇの?」


 「えぇ。大丈夫ですわ」


 本人はケロッとした顔をしているが、俺は一応開けていた窓を閉めて蝶番をかける。

 そうして振り返ると、今度は彼女のネグリジェという服を妙に意識してしまい、先程とは違う意味で鼓動が早鐘を打ち始めた為、俺はそっと少女から目を逸らした。


 「あの男からの伝言ですわ」


 俺の気を知ってか知らずか、少女が平然と話し始める。

 あの男とは、ミュンツェさんのことだろうか。


 「この世界には魔法というものが存在する。明日は、貴方の魔力を調べるそうですわ」


 少女の言葉は、聞き流すには引っかかる単語が多かった。


 「ま、魔法……? 俺の魔力って、何?」


 「その辺りも明日、説明があるそうです」


 俺の隣に並び、少女が言う。

 フライングで少女に聞こうかと思ったが、彼女は教えてくれなさそうだし、……ミュンツェさんのほうが優しく教えてくれそうだし(小声)、明日まで大人しく待とう。

 そう思い、いかにもファンタジックな響きに重いをせていると、「……ぃあ」と少女が微かに呟いた。


 「え?」


 「……メリア。わたくしの名前ですわ」


 俺が問い返すと、少女はくるりと背を返しながら独り言のように言葉をつむぐ。


 ……チリリン。


 少女―――いや、メリアの耳飾りの鈴が軽やかな音を立てる。

 その音に聞き覚えがあるような気がして、俺が気を取られている間にメリアはドアを開けて廊下に出ていこうとしていた。


 「あ、ありがとうな! おやすみ、メリア」


 咄嗟とっさに声をかけてから、俺はしまったと口をつぐむ。


 やっべ。つい妹に挨拶する癖で女子に「おやすみ」とか言っちまった!


 メリアはピタリと足を止めると、ドアの陰から微かに顔を覗かせる。


 「……よい夢を。イツキ」


 囁くような小声でそう言うと、メリアは音もなくドアを閉める。

 扉が閉まる直前、彼女の瞳がどこか潤んでいたような気がしたのは、俺の気のせいだったのだろうか。







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