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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第四章 隠された傷跡
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88、名前






 突然少女を連れ帰ってきたクオンにドラゴン達は仰天し、彼女を元の世界に戻すように説得しようとした。

 しかし彼の意思は強く、断固として首を縦に振らないクオンに半ば押される形で少女はドラゴン達と共に生活することとなった。


 幸いなことに、東の果てにはクオンがライナードと共に日本を参考に造った日本家屋と、エレヴィオーラが仕立てた着物の余りがあり、ドラゴン達が必要としなかった食事も綺麗な湧き水と木々に生る果物で補うことができた。


 そんな衣食住が整った環境がありながらも、少女との生活は決して楽なものではなかった。

 長い間納屋に閉じ込められていた少女は言葉を覚える機会を逃し、話すことができなかったのだ。


 「おいで、お散歩に行こう」


 「あー?」


 畳の上に座り込んでいた少女の背中にクオンが声をかけると、彼女は振り返り不思議そうな声を上げる。


 「はい、ばんざい」


 「あー」


 彼女の腕を取り、自分の首に絡ませてからクオンは少女を抱き上げる。

 肉のついていない彼女の脚は衰え、満足に歩くことすらできなかった。


 少女を抱いた彼は縁側の外に置いておいた下駄を履き、ゆっくりと庭の中を歩き始める。

 クオンが池の方に足を向けた時、橋の上に人影が見えた。


 「エレヴィオーラ」



 「おや。散歩でありんすか?」


 花魁衣装に身を包み、煙の漂う煙管を手に持ったエレヴィオーラが声をかけられ、顔を向ける。

 高下駄を履いた彼女はクオンより少し低い程度の身長であり、家の中よりも高い目線の彼女に視線を合わせながら、彼は頷いた。


 「ああ。良かったらエレヴィオーラも一緒に来るか?」


 「では折角でありんす。遠慮なく」


 煙管の火を指で揉み消し、袂に仕舞ったエレヴィオーラがクオンの隣に並ぶ。


 「あー、あー」


 不意に少女が手を伸ばし、エレヴィオーラの簪を取ろうとした。


 「こら、やめなんし。簪は危ないでありんす」


 その手を制し、距離を取るエレヴィオーラ。すると少女は「うーっ」と呻くような声を上げると、真っ赤な瞳に涙を溜め、大声で泣き始めてしまった。


 「おやおや。エレヴィオーラの簪がきらきらして綺麗だったから、欲しくなってしまったんだね」


 「そんなこと言っても、危ないものは危ないでありんす」


 少女を揺すりながらあやすクオンの言葉に、エレヴィオーラは参ったように額を押さえる。


 「あ、そうだ」


 ふとクオンは何かを見つけたように歩き出すと、池のほとりにひっそりと咲いていた桃の花の前で足を止める。

 彼は手を伸ばし、手頃な枝を手折ると桃の花を少女に差し出した。


 「ほら、お花だよ。綺麗だね」


 「あー?」


 涙を流していた少女の目が、桃の花に奪われる。


 「あー!」


 両手を伸ばして桃の枝を受け取った彼女は、真っ赤な瞳を輝かせた。

 その様子に胸を撫で下ろしたエレヴィオーラが、ゆっくりと二人に近付く。


 「そういえば、いい加減この子の名前を決めなんし。何と呼べばいいのか分からなくて不便でありんす」


 「そうだね。名前かぁ……」


 エレヴィオーラの言葉にクオンは空を見上げる。

 そして桃の樹に視線を移し、最後に少女を見つめて彼は頷いた。


 「……うん。この子の名前は、『モモ』にしよう」


 「なっ、そんな単純な……」


 呆れて言葉を失うエレヴィオーラの方を、彼は笑って振り返る。


 「だって、この子には名前が必要でここには桃の樹があった。それって、運命的だとは思わないか?」


 「それにしたって、もう少し考えやっても……」


 クオンの言葉を聞いても渋い顔の彼女に、「それに」とクオンは続ける。


 「桃には魔除けの意味もあるらしいんだ。今まで誰にも守ってもらえなかったこの子を、名前が守ってくれる。おれはそう思っているよ」


 その言葉に、エレヴィオーラは沈黙する。無邪気な笑顔を浮かべて桃の枝をいじる少女を見つめ、彼女は口を開いた。


 「だったら、クオンがこの子を守るでありんす」


 「おれが?」


 エレヴィオーラの言葉に、クオンは驚いたように目を見開く。


 「そうでありんす。自分で連れてきたのだから、自分で責任をとりなんし」


 「……そうだね」


 少女を見下ろし、彼は目を閉じる。


 「エレヴィオーラ。おれね、モモが好きだよ」


 クオンの突然の告白に、エレヴィオーラがギョッと目を見開く。


 「モモを見つけた時、この子は殺されそうになっていて、おれは我慢できなくてモモをこの世界に連れてきてしまった」


 そっと目を見開き、彼は優しい瞳をして少女を見つめた。


 「もう、あんな思いはしたくない。おれは、一生をかけてでもモモを守るよ」







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