82、再会
サアッと涼風が耳を撫で、咄嗟に瞑っていた目を開く。
「えっ!」
その瞬間、目の前の光景に驚愕した俺は思わず声を上げてしまった。
俺はその場に座り込んでおり、地面についた掌がざらざらとした石畳に触れる。俺の視界には巨大な池が広がっており、その周りを石や木々が囲っている。中央には、橋がかかっていた。
それは、見事な日本庭園だった。
「なんで……」
久しぶりに見た和の景色に、懐かしさよりも戸惑いを覚える。俺の周りにはミュンツェさんやリック達も居て、彼らは見た事もない景色に困惑しているようだった。
「旦那様、向こうに建物みたいなものがあるっすよ」
立ち上がったスカイルが背伸びをし、橋の向こう側に目を凝らす。
「罠じゃないのー?」
油断なく目を配りながら、コーが問いかける。
「いえ、そんなことはありませんわ」
それに答えたのは、なんとメリアだった。
「お嬢さん、この場所について何か知っているのかい?」
ミュンツェさんの質問に、メリアが溜息をつく。
「ええ。わたくしについてきなさい」
そう言うなり、長い金髪を翻してメリアが橋に向かって歩き始める。俺達は、慌てて彼女の後を追った。
橋を渡りながら池に目を落とすと、錦鯉が優雅に泳ぎ水面には青い紅葉が舞い落ちている。風が吹くたびに、葉擦れの音が木霊し中々風流だ。
池から視線を外すと、目の前にはこれまた立派な日本家屋が広がっていた。
あまりにも大きすぎて気後れしてしまいそうになるが、メリアは躊躇なく玄関の引き戸を開けて中に入っていく。
「靴を脱いで上がりなさい」
そう言い、自分もサンダルを脱ぐメリアに続いて俺も靴を脱ぐ。ふと振り返ると、ミュンツェさん達は戸惑ったように顔を見合わせていた。
そうか、皆には玄関で靴を脱ぐ習慣がないのか。
「何を躊躇っているのです。早く上がりなさい」
メリアに促され、ようやくミュンツェさん達はブーツを脱いで中に入ってくる。
彼女は裸足で廊下を歩いていくと、両手で襖に手をかけてすらりと開けた。
そこは、広い空間だった。部屋を仕切る襖も開かれており、大広間ほどのだだっ広い空間が広がっている。床は畳張りになっており、青畳の香りが鼻腔に広がった。
そして、その空間の中心に小さな人影が座り込んでいた。
体育座りになり、背中を丸めていたその人影は俺達の気配を察して振り返る。
俺達は、息を呑んだ。
緩やかなウエーブのかかったクリーム色の髪。臙脂色のポンチョ。ベージュのショートパンツ。ワインレッドの瞳。
「ルー……?」
コーが、自分とそっくりの顔をした少年に向けて、震える声で呼びかける。
そこには、行方不明になっていたルコレの姿があった。
「コー……」
驚きに目を見開いていたルーが、くしゃりと顔を歪める。
コーが駆け出し、しゃがみ込んでルーを抱き締めた。
「ルー、ルー! ずっと探してたの! 生きてる、生きてるよぉ‼」
泣き崩れながら力一杯自分を抱き締める姉を抱き返し、ルーも涙を流す。
「ごめん。コー、ごめん。心配かけてごめん……!」
お互いの肩に顔を埋めて嗚咽を漏らす双子を前に、俺達は歓喜に顔を綻ばせる。リックなんて目を赤くして必死に涙を堪えているようだった。
「いやぁ、美しいねぇ。生き別れの姉弟の感動の再会。うん、実に美しい」
その瞬間、背後から発せられた声に俺達は顔を強張らせて勢いよく振り返った。
「おや、驚かせちゃったかなぁ? ごめんねぇ」
その青年は謝りながらも、後ろ手で襖を閉めて部屋の中に入ってきた。
自分を除いてこの世界で初めて見た黒髪を、つむじの下で結った髪形。一筋だけ結い損ねた髪が、顔の横に垂れ下がっている。
俺よりも少し高いくらいの身長を包んでいるのは、落ち着いた色合いの着物と羽織。小さな顔は鼻筋が通っており、薄い唇も相まって涼やかな男前といった感じがする。
そして、切れ長の瞳は血のような赤色をしていた。
「皆さん初めましてぇ。おれはリオン。漢字では瑠璃の『璃』に穏やかって書いて『璃穏』って読むんだよぉ」
「え、漢字?」
思わず聞き返した俺に、璃穏さんはにこっと微笑んでみせる。
「君は隠神一期君だねぇ?」
「え⁉ どうして、俺の名前を?」
いきなり名指しで呼ばれ、俺はギョッとする。
「こうすれば分かるかなぁ?」
そう言うと彼は手に持っていた真っ赤な和傘を差して、目元を隠した。
「……あ!」
その見た目に見覚えがあり、俺は思わず叫ぶ。
「桜の人!」
「正解」
俺がこの世界に召喚される前に見た人は、璃穏さんだったのか。
「話の途中失礼。貴方は何故私達をここに連れてきた? そもそも貴方は何者なんだ?」
俺達の会話にミュンツェさんが割り込み、鋭い声で誰何する。
璃穏さんは傘を畳み、赤い瞳で俺達を見回した。
「おれはハーフドラゴン。人間の母とドラゴンの父を持った、ただの人だよぉ」