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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第三章 双璧の死神
80/120

80、弔い酒






 お尋ね者ばかりの酒場のドアが開き、真っ赤なドレスを着た美女が入ってくる。

 店に居た男達は彼女の美貌よりも、その手に抱えられた荷物に目が釘付けになっていた。


 トーリスは店主の前まで進み、カウンターの上に黒い布に包まれた大きな包みと小包を置く。

 彼女の手から開かれた包みの中には、乾いた血がこびり付いた鎌と緑色の短い三つ編みが入っていた。


 「死神と双璧が死んだ」


 端的に告げられた言葉に、一瞬静まり返った店内が騒めきだす。


 「あの死神と双璧が⁉ 殺しても死なねぇような奴等なのに!」


 「あいつら、この前共同任務だっつってたな。まさか、そこでやられたのか?」


 「いやいや、幾ら何でもあの三人が同時に死ぬなんておかしいぜ!」


 驚愕きょうがく、推測、懐疑かいぎ。様々な声が店中を飛び回る。不意に店主が磨いていたグラスを置き、鎌に手を翳した。


 「……確かに、スカイルの血のようですな。その髪もルイーゼのもので間違いないでしょう」


 店主の一言により、トーリスの話が一気に真実味を帯びる。

 店主は彼女の目を真っ直ぐ見つめた。


 「本当に、三人は死んだのですか?」


 静かな眼差しを送る店主に、トーリスは薄い笑みを滲ませる。


 「ああ、勿論だ。情報屋が嘘ついてどうすんだい」


 「ふむ」


 店主は目を閉じ、彼女の言葉を吟味する。やがて目を開いた彼は「分かりました」と頷いた。


 「三人は死亡ということで処理をしましょう。遺品は持ち帰りますか?」


 「いいのかい?」


 意外そうな顔をするトーリスに店主は「構いませんよ」とグラスに手を伸ばす。


 「貴女にとっても、三人は他人ではなかったのでしょう?」


 その言葉にトーリスは息を呑み、くしゃりと顔を歪ませる。


 「……ああ。全く、馬鹿なやつらだよ」


 鎌を掻き抱き、それでも気丈に嗚咽おえつを漏らさない彼女に流石の男達も声をかけられない。

 その日、トーリスは一杯の酒を呷り、包みを抱えて店を後にした。



========================================



 自室のドアがノックされ、「失礼します」と執事長さんが入ってきた。

 彼の傷はすっかり癒え、包帯もなくなり以前にも増して仕事に精を出す姿をよく見かけるようになった。


 「申し訳ありません、イツキ様。新人を見掛けませんでしたでしょうか?」


 「えっと、ちょっと分からないです。あの二人、また逃げたんですか?」


 俺が訊ねると、「ええ」と執事長さんが嘆息混じりに頷く。


 「元気がいいことは喜ばしいことですが、それにしてもいささか度を越しているかと」


 「お疲れ様です」


 心の底から湧き出た言葉を伝えると、「恐れ入ります」とお辞儀をして執事長さんは部屋から出ていった。


 「……だとよ、新人共」


 俺が声をかけると、ベッドの影からもぞもぞと何かが動く。


 「お前らなぁ、執事長さんに迷惑かけるなよ。この不良執事と不良メイドめ」


 「うっせぇなぁ」


 俺の言葉に、立ち上がったスカイルが言い返し、ルイーゼが服についたほこりを払う。


 「大体なぁ、何でオレ達がこんな事をしなくちゃいけねぇんだよ」


 「仕方ない。それがゼスの意思だったんだから」


 不満気にぼやくスカイルに言ったルイーゼの言葉に、俺達は思わず沈黙した。

 ベッドの奥に立っている二人は、それぞれ執事服とメイド服を身に着けている。


 話はゼスが死んだ日まで遡る。

 あの後、俺達はゼスの遺体を運び、屋敷まで戻った。


 メリアはルイーゼを捕らえようとしたのだが、ミュンツェさんに止められ彼女も一緒に屋敷に戻った。

 そして手当の終わったスカイルとルイーゼに、ミュンツェさんはゼスが彼に告げていった頼み事を二人に話して聞かせた。


 最初、二人は反抗した。ミュンツェさんの言った事は嘘だと言い、スカイルはミュンツェさんの胸倉を掴み上げ、あわや再び戦闘が始まるのかと危惧きぐしたほどだった。

 そんな彼らに、ミュンツェさんは二人の自由にするようにと告げた。いつ戻ってきても、屋敷は君達を受け入れるとも。


 その言葉を聞き、二人はゼスの遺体を担いで行方をくらませた。

 彼らが戻ってきたのは、二週間後のことだった。


 二人はミュンツェさんに頭を下げ、屋敷で働かせてほしいと伝えた。

 ミュンツェさんは快く二人を受け入れ、そうして彼らは執事見習いとメイド見習いとして屋敷で働くこととなった。


 しかし、二人はかなりの問題児だった。

 制服を着崩し、仕事をサボっては執事長さんに見つかる前に逃げ出す。最近の執事長さんが忙しそうにしている理由の八割以上は二人が原因だろう。


 「でも、何でお前ら俺の部屋に逃げるんだよ。もっと他に場所あるだろ」


 壁に寄りかかる二人に話しかけると、スカイルは「分かってないな」と指を振った。


 「こういう場所の方が盲点になるんだぜ。実際、一回も見つかってないだろ?」


 「いや、執事長さんは分かってると思うぞ?」


 あの人は全てを見透かし、それでも二人を見逃してあげているような気がする。俺の言葉に、スカイルは「そうか?」と納得のいかなさそうな顔をした。


 「まあ、ボクは少年の近くが居心地いいからここに来てるだけだけどね」


 平然と爆弾発言したルイーゼに、俺とスカイルはギョッと顔を見合わせる。


 「おい、イツキ! お前、ルイーゼに何を吹き込みやがったぁ⁉」


 「誤解だ! てか、俺の方が聞きたいくらいだわ!」


 胸倉を掴み上げるスカイルの手から、必死に抵抗する。ふと彼の執事服の奥からペンダントが反射した。


 「スカイル、あんまり大声出すと見つかるよ」


 淡々と無表情で言うルイーゼの三つ編みは、片方が短くなってアシンメトリーになっている。一度彼女に切り揃えないのかと訊ねた時には、「これはこれでいいの」と言われてしまった。

 次の瞬間、唐突にドアが開き、執事長さんが入ってくる。


 胸倉を掴んだまま固まるスカイルに眉を顰めた執事長さんは、「何をしているのです?」と静かに問い質した。

 「いや、何も」と冷や汗をダラダラと流して慌てて手を離すスカイルに歩み寄った執事長さんは、彼の頭を掴んで無理やり頭を下げさせる。


 「私の監督不行き届きです、申し訳ありません。またノックもせずに入室したこと、重ね重ねお詫び申し上げます」


 丁寧に謝罪し、執事長さんはスカイルの襟首を掴んで引きずっていく。


 「ルイーゼ。貴女も来なさい」


 「はーい」


 彼に呼ばれ、ルイーゼも耳をぴくぴくと動かして二人の後に続く。

 嵐のような三人が居なくなり、一気に静かになった部屋の中で俺は苦笑いを浮かべた。


 これから屋敷は、騒がしくなりそうだ。







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