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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第三章 双璧の死神
77/120

77、ゼス






 ゼスは元々、路地裏で生活する孤児だった。


 少年だった彼はある日、暗殺ギルドの殺害現場を目撃してしまい殺されかけたが、相手を返り討ちにしたところをスカウトされ、ギルドに加入した。

 天賦の才があった彼は、『猫』である獣人の特性を活かして夜闇を恐れずに標的はおろか目撃者まで狩りつくし、やがて彼の活躍を称えて『幹部』の肩書を手に入れた。


 そうして『死神』という二つ名で駆け回っていた彼に、ある日一人の赤子が押し付けられる。

 ギルドの仲間である女から「お前の子供だ」と渡された男の子は猫の獣人であろう三角の耳と尻尾がくっついており、正直思い当たる節がないわけでもなかったゼスは赤子を受け取って途方に暮れた。


 そんな彼が頼ったのは、武器の整備、また情報屋として重宝していた唯一の女性の知り合いであるトーリスだった。

 彼女は「あの死神が子育てか!」と爆笑したが、赤子本人を目の前にして母性本能が湧いたのか、それはそれは熱心に面倒を見てくれた。


 一年後。ゼスはまたもや「お前の子供だ」と女の子の獣人の赤子を渡され、頭を抱える。

 流石のトーリスも苦笑いを浮かべたが、とにかく二人は苦戦しながらも協力して二人の子供を育てていった。


 男の子の方をスカイル、女の子の方をルイーゼと名付けられた子供達は、二人の慣れない手付きの子育ての中でも、すくすくと成長していった。


 違和感を覚えたのは、スカイルが五歳になった時だった。

 武器屋に預けられていたスカイルは、カウンターの不安定な場所に置かれていたナイフに興味本位で手を伸ばし、落下してきた切っ先で腕を斬りつけてしまった。


 しかし、スカイルは泣きも喚きもせずにへらへらと笑っており、気付くのが遅れたトーリスが手当をしたものの、彼の腕には傷跡が残ってしまった。

 それからスカイルの動きをよく見てみると、火の中に平気で手を突っ込んで笑っている、着替え途中の全裸で雪の中に飛び出そうとするなど、いささか気になる点が幾つも見つかった。


 トーリスはこの事をゼスに話した。意外にも彼は真剣に考え、ある日スカイルを呼び出すと彼の腕を手に取り、軽くつねった。


 「お前、これ痛いか?」


 「ん? 痛いって何?」


 キョトンとした顔で聞き返すスカイルの腕を強さを変えて次々につねる。ようやく反応があった時には、彼の腕はトーリスが顔を背ける程つねり上げられており、それも「なんか、ジンジンする?」という曖昧あいまいなものだった。


 この事からスカイルは痛覚が酷く鈍い、しかし完全に無いという訳ではない。同じく熱や冷気に対しても感度が鈍いという結論に至った。

 それからトーリスが気を付けて見ていたつもりではあるものの、スカイルの生傷は絶えなかった。


 ルイーゼは、気付くのが遅れたと思う。

 彼女が八歳の時、可愛がっていた猫が目の前で馬車に轢かれて死んでしまった。


 トーリスはルイーゼが傷ついたと思い、代わりに埋葬しようかと申し出たのだが、彼女は「ううん」と首を振るとひょいっと素手で猫の死体を掴み上げ、近くの街路樹の根元へ淡々と埋めた。

 あまりにも衝撃的すぎて感情が抑え込まれてしまったのだと思ったトーリスは、しばらく彼女をそっとしておいた。


 しかしルイーゼは、何日経っても泣くことはおろかケロッとした顔をして過ごしている。

 トーリスが気遣いながら猫のことを尋ねると、彼女は「なんのこと?」と首を傾げた。


 「死んだんでしょ? それで終わりじゃん。それ以外に何があるの?」


 表情も変えずにそう言い放ったルイーゼに、トーリスは絶句した。

 昔から表情の乏しい子だとは思っていたが、これは異常だと思ったトーリスはその出来事をゼスに話した。


 ゼスはそれのどこが問題なのかよく分からなさそうな顔をしながらも、ルイーゼを呼び出し幾つかの質問をした。


 「お前、贈り物をもらったらどう思う?」


 「物が増えたな?」


 「スカイルに意地悪されたら?」


 「だから何って感じ」


 「俺様やトーリス、スカイルが死んだら悲しいか?」


 「悲しいが分からないんだけど、死んだんだなって思うかな」


 「おお、こりゃ問題だわ」


 思わずゼスが呟く程、ルイーゼには喜怒哀楽という感情が欠落していた。

 痛みが分からない少年と、感情が分からない少女。


 この二つの要素は暗殺者としては有利に働いた。

 物心つく前から暗殺者として教育されてきた二人の初仕事は、大成功と言っても過言ではない出来だった。


 そうして『双璧の死神』は誕生した。

 次々と二人が任務に赴く中、ゼスはある日路地裏でそっくりな見た目をした双子を拾った。


 昔の自分を彷彿させる双子を、ゼスは衝動的に保護し、面倒を見た。

 幸いと言っていいのか、双子には才能があった。


 しかし、彼女達は暗殺者になるにはあまりにも人間臭かった。

 双璧と比べても遅めに与えられた双子の初仕事は、散々なものだった。


 ギルドの仲間達は彼女達に暴言を吐いて暴力を振るい、ゼスはその間しばらく席を外していた。

 彼が戻った時、あまりの惨状にゼスでさえも言葉を失った。


 血みどろの中で仲間達は皆、虫の息だった。辛うじて話せた奴が言うには、全員コレルにやられたということだった。

 脱走した双子を、ギルドは血眼で探した。面倒を見ていたゼスは幹部剥奪寸前までいったが、今までの働きに免じてそれは回避された。


 そうして五年の歳月が過ぎた。双子は見つからず、双璧はその活躍ぶりに名をせ、ゼスは目撃者の一人も残さずにひたすらに殺しを重ねていった。

 ある日、陽の照る街に出たゼスは、「お父さーん」という少女の声に思わず反応した。


 ゼスの視線の先には、親子だと思われる三人の男女が居た。

 少女が小物をねだり、父親とみられる男性が財布とにらめっこする。彼の隣に並んだ少年は少女の買い物に付き合わされ、つまらなさそうな顔をしながら視線は露店にぶら下げられた剣に吸い込まれていた。


 彼らの姿に、ゼスは思わずその場に立ち尽くす。

 それは日陰者である自分達にはあり得ない形の、幸福の姿だった。


 その日を境に、ゼスは考え込むようになった。少年と少女と同年代であったスカイルとルイーゼがこのまま本当にギルドに居ていいのかと。彼らの幸せは、本来ならばもっと明るい世界にあるのではないかと。


 そんなゼスの目の前に、その少年は突然現れた。


 「いいかげんに、しろぉおおおおおっ‼」


 エルフの放った魔法を止め、標的である少女に飛び掛かって助けた黒髪の少年。


 その瞬間、ゼスは止まっていた時が動き始めた音を確かに聞いたのだ。







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