73、羽化
屋敷に戻った俺達を迎えたのは、安堵と叱責の嵐だった。
「コー! まだ暗殺ギルドがうろつているかもしれないのに、森に入るなんて何を考えてるんだ!」
「ごめんなさいー」
激しく叱りつけるリックの前で、コーが身体を縮こませる。
小さくなる彼女に両腕を伸ばし、リックは小柄なコーの身体を抱き締めた。
「……良かった。コーが無事で、本当に良かった……」
「リック……」
微かに震えた声が、どれほど彼女に心配をかけたのかを物語っている。
「ごめん、リック、ごめんー……!」
リックの胸の中で、コーはしゃくり上げながらひらすら謝罪の言葉を紡いだ。
「さて、イツキ。君も君だ。せめて探しに行くなら一言告げてから行きなさい。君達の姿が見えなくて、私達がどれほど心配したか」
「すみません……」
ミュンツェさんに静かに叱られ、俺もまた肩身の狭い思いをする。
不意に彼が手を伸ばし、俺の肩についていた生垣の葉を摘まみ上げた。
「まあ、イツキも必死だったんだろう。生垣は執事に聞いて自分で直しなさい」
「はい。本当にすみません」
森から帰って来てから生垣を見たが、俺が無理やり通ったところにぽっかりと空間が空いてしまっていた。あのままだと可哀そうなので、できるだけ早く直してやりたいと思う。
「……皆さんに、お話ししたいことがありますー」
その時、リックから身体を離したコーが、強い意志を宿した瞳で俺達を見回した。
「実は、コー達は昔暗殺ギルドに所属していました―――」
彼女は俺にしたのと同じ説明をミュンツェさん達にした。彼らは最初は驚愕したように目を瞠っていたが、やがてコーの話を真剣に聞いていた。
「……そうか。そういうことだったんだな」
コーが話し終わり、真っ先に口を開いたのはミュンツェさんだった。
不安にギュッと目を瞑ったコーの頭に手を置き、彼は優しい微笑みを浮かべる。
「領主として、今の話は聞かなかったことにする。コー達を咎めるようなことはしないから、安心してくれ」
次いでリックがコーの手を取り、強く握りしめた。
「私の中のルーとコーは、先生達と一緒に暮らしていたあの日のままだ。コー達の過去がなんであれ、それは変わらないよ」
「ミュンツェ様、リック……」
彼らの言葉に、一度止まっていたコーの涙が再び溢れボロボロと零れ落ちる。
「……厚かましいとは分かっているんです。でも、ルーを、コーの弟を取り返すのに手を貸して下さい……!」
彼女は深く、頭を下げた。
その両肩に、それぞれ手が乗せられる。
「勿論だ。ルーを取り戻そう」
「私に出来ることなら、なんでもするから」
頭を上げたコーに、ミュンツェさんとリックが笑いかける。
その後ろから、俺も頷いた。
「ありがとうございます……!」
再度頭を下げたコーの顔から滴り落ちた涙が、絨毯に染みを作る。
その日、リックは自分の家に鳩を飛ばした。
しばらく屋敷に泊まることを記した手紙を送ったリックは、空いている客室に滞在することとなった。
屋敷は警備を高め、夜間の巡回も増やした。
王女から手紙を貰っていたリックは、すぐに俺の魔力を視てくれた。
「これは……」
虹色の瞳に変化した彼女は、俺を一目視た瞬間絶句する。
「今までイツキの魔力は、核に纏いつくようにぐるぐる巻きになっていたんだ。それが内側から破られたようになっている。まるで羽化のようだよ」
「羽化?」
俺が聞き返すと、リックは「ああ」と頷いた。
「恐らくだけど、核が動き始めたんじゃないかな。破られた魔力は川に糸を流すように流れているから大丈夫だとは思うけど、こんなの初めて視たよ」
未だ驚きを隠せないリックが、何かを考えこむような仕草を見せる。
「もしかしたらだけど……イツキはもう自分の魔法を使えるかもね」
「えっ」
リックの言葉に思わず声を漏らす。彼女はその虹色の瞳で、静かに俺と目を合わせた。
「来るべき時が来たら、きっとイツキは魔法が使える。私はそう思ってるよ」
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崩れた時計塔を、月が静かに見下ろしている。
フードの人物は時計塔の中に入ると、螺旋階段を登り始めた。
降り注いだ月光がステンドグラスで色付き、階段に色を落とす。
音もなく階段を登っていたフードの人物が、階段の登り終え二階に足をつける。
ステンドグラスのドラゴンに見下ろされる中、フードの人物はぐっと屈むと床を蹴り、壁を跳んでどんどんと駆け上っていく。
やがて鐘の上に降り立ったフードの人物は、何かを掴み飛び降りる。
床に着地し、握りしめた手の中をそっと開いた。
それは透き通った魔石だった。大人の掌程の大きさの魔石は、これ以上ないほど澄み切っており蜂蜜を溶かし込んだような金色に色づいている。
フードの人物は、魔石から発せられる波動に気付いた。ドクン、ドクンと鼓動のような波動を発するその魔石からは、とてつもない魔力が込められていることが分かる。
袖の中に魔石を仕舞ったフードの人物は、ゆらりと身を翻すと再び階段に足を向けた。