72、帰りましょう
コーが居なくなり、屋敷の中は大騒ぎとなった。
すぐに兵士さん達が集められ、屋敷の警備を残した全員で捜索を始める。
「メリア!」
俺はそんな中、屋敷中を走り回ってメリアを探していた。
メリアは、庭園に居た。踏み荒らされた形跡の残る花々が撤去された花壇に囲まれ、一人佇んでいる。
「……何ですの?」
俺に気付いたメリアが不機嫌そうに振り返る。俺は呼吸を整えながら口を開いた。
「こ、コーが、コレルが、居なくなった! お前、何か知らねぇか⁉」
詰め寄る俺に眉を顰めたメリアは、「コレルって誰ですの?」と惚けたことを抜かす。
「お前、ここで一緒に暮らしてただろ! 赤っぽいポンチョを着た、クリーム色の髪の女の子だ!」
俺の説明に、「ああ」とようやく理解したメリアは、「静かになさい」と俺に告げるとそっと目を閉じた。
しばらく目を瞑っていた彼女が、静かに目を開く。
「見つけましたわよ」
「本当か⁉」
何をどうしたのか分からないが、とにかくメリアはコーを見つけたようだ。
「こっちですわ」
メリアが先導し、生垣を容易く飛び越える。俺にはそんな跳躍力はなく、一瞬躊躇ってから生垣の中に突っ込み強行突破した。
彼女は森の中を駆け、獣道を通っていく。時折振り返ることから、俺にスピードを合わせてくれているのだろう。
「メリア、俺のことは気にするな! 先にコーの元へ向かってくれ!」
「……分かりましたわ」
俺の言葉に、メリアのスピードが上がる。白いワンピースが豆粒程の大きさで視認できる距離を保ちつつ(恐らくこれでもメリアは調節してくれている)俺は必死に足を動かした。
不意にメリアが左折し、何か揉めているような物音が聞こえてくる。
彼女の後に続いて曲がると、視界の先でメリアに腕を取られているコーの姿が目に入った。
「コー!」
「イツキ、さん……」
俺の姿を認めたコーが抵抗するのを止め、メリアが手を離す。
「良かった、無事だったか」
彼女の無事な姿に胸を撫で下ろすと、「……んで」と、コーの呟く声が聞こえた。
「え?」
「なんで、コーを逃がしてくれないんですか⁉」
俯いていたコーが顔を上げる。その射竦めるような視線と溜まった涙に、俺は思わずたじろいだ。
「全部、コーが、コーが悪いんです。屋敷が襲われたのも、ルーが連れ攫われたのも、全部全部、コーが悪いんです」
「コー? なにを、言ってるんだ?」
コーの言っている意味が分からず、俺が戸惑っていると彼女はポンチョの裾を捲った。
彼女がポンチョをずり上げた先。その右腕には、見覚えのある眼帯をした骸骨の刻印が施されていた。
「コーとルーは、暗殺ギルドに居ました。でも、コーが仲間を殺してしまい、コー達はギルドから逃げてレティーさんに拾われました。コーがここにいることは、もうゼスに知られています。だから、ギルドが狙ってくるんです」
淡々と語るコーの話の壮絶さに、思わず息を呑む。
「コーはここに居たら駄目なんです。コーがいるから、皆に被害が及ぶ。だから、逃げようと、コーが居なくなれば、皆が無事になるって思ったのに……!」
キッと俺達を睨みつけるコーの瞳から、涙が流れ落ちる。
「もう、止めないで下さい」
最後に掠れた声で告げ、コーは背を向けた。
その肩を掴み、俺は無理やり彼女を振り向かせる。
「なんですか、離して下さい!」
「いや、離さない!」
もがくコーの肩を力一杯掴み、俺は彼女と目を合わせた。
「ギルドから逃げて、それでどうする。行く当てはあるのか?」
「それは……」
俺の問いに、コーが目を逸らす。
「ここには皆がいる。ミュンツェさんも、リックも、メリアも、俺もいる。お前は一人じゃない。逃げるなよ。立ち向かえよ! お前は一人で戦わなくていいんだよ!」
俺の叫びに、コーは目を見開く。
「でも、コーがいると皆が傷つく……」
「大丈夫だ。俺達は皆に守られている。だから俺達も、皆を守ればいい」
「コーのせいで、ルーは攫われて……」
「取り返そう。ルーを、お前の弟を、取り返せばいい」
「……コーがいなくなればいいだけなのに、なんでそんなに引き留めるんですか」
「お前が大事だから。お前に居なくなってほしくないんだよ」
俺がそう言った瞬間、コーはキョトンとした顔をし、メリアがギョッと顔を引き攣らせたのが視界の端に映った。
「……それはズルいですよー」
今まで張り詰めていた顔をしていたコーの表情が崩れ、泣き笑いのような顔をする。
「勿論、ミュンツェさんも、リックも、メリアも、皆大事だけどな」
付け加えるように言うと、途端にコーが「なーんだ」とつまらなさそうな顔をし、メリアが胸を撫で下ろした。
「……コーを、護ってくれますか?」
「俺にできることなら」
「ルーを取り返すのを、手伝ってくれますか?」
「ああ、勿論だ」
コーがそっと俺の腕に触れ、掴んでいた手を離させる。
「イツキさん、帰りましょう」
そう言い、彼女は俺に背を向けて振り返った。
「帰る家があるって、幸せですねー」
その微笑みは、とても無邪気で純粋で、この笑顔を穢させたくないと思わせるような綺麗な笑顔だった。