70、暗殺ギルドとは
一つの部屋の前でミュンツェさんは立ち止まると、ドアをノックした。
「どうぞ」
中から執事長さんの声が聞こえ、ミュンツェさんがドアを開ける。
俺達が中に入ると、執事長さんは驚いたように片目を見開いた。
執事長さんは片目に包帯を巻いている。痛々しいその姿に俺達が言葉を失っていると、彼は立ち上がってお辞儀をした。
「お迎えが出来ず申し訳ありません。お帰りなさいませ、旦那様、イツキ様」
「ああ、それは別にいいんだが、傷は大丈夫かい?」
心配そうに訊ねるミュンツェさんに、執事長さんは穏やかな笑みを浮かべる。
「ええ。襲撃の際たまたま窓の前にいまして、硝子で切ってしまっただけなので。お恥ずかしい限りです」
「そうか」
ミュンツェさんがほっと胸を撫で下ろし、俺も少し安心する。見た目ほど大怪我という訳でもなさそうだ。
「現在賊は地下牢にて閉じ込めております。ただ、旦那様にお伝えしたいことが」
「ん? 何だい?」
執事長さんは一瞬辺りを見回し、声を潜めた。
「襲ってきたのは暗殺ギルドの者でした。恐らくは死神の手先ではないかと」
彼の言葉に、俺達は息を呑む。
「死神の? なぜそう思うんだい?」
「第一に襲撃者は皆鎌を装備しておりました。暗殺ギルドでは幹部の手下は皆、幹部に倣った武器を装備します。第二に、襲撃者たちの動きが洗練されていたことです。まず半端なものではないでしょう」
ミュンツェさんの問いに、執事長さんがスラスラと答える。彼の言葉に、ミュンツェさんは「そうか……」と考え込んでしまった。
いや、何で執事長さんそんなに暗殺ギルドの事情に詳しいの?
俺がじーっと見つめていると、その視線に気付いた執事長さんが口の前に人差し指を出した。
「イツキ様。世の中には知らない方が幸せなこともありますぞ」
「はい、分かりました!」
執事長さんの言葉に即行で頷き、俺は思わず冷や汗を滲ませた。
「分かった。邪魔をしたね」
「いえ、こちらこそ、わざわざ足をお運び頂きありがとうございました」
ミュンツェさんがドアに足を向け、執事長さんが再度頭を下げる。
彼の後に続き、執事長さんの部屋を退室した俺は、隣のミュンツェさんの顔を見上げた。
「あの、ミュンツェさん。そもそも暗殺ギルドって何なんですか?」
「ああ、そうか。イツキは知らなかったね」
俺の質問に初めて気付いたような顔をし、ミュンツェさんは笑みを浮かべた。
「そうだな、この話は長くなるしお茶でも飲みながら話そう」
たまたま廊下を通りかかったメイドさんにお茶の用意を頼み、俺達は風の間で向かい合わせに座った。
「まずはこの国のことについて話そう。イツキはアレストレイル王に会ったよね?」
「はい」
俺が頷くと同時に、ワゴンを押したメイドさん達が入ってくる。
彼女達がお茶の用意をし終えて部屋を退室するまで待って、ミュンツェさんは話を再開した。
「彼はアレストレイルの名を継いだ七代目の国王なんだ。アレストレイル一世の時代に、クラウン王国は大きく発展したと伝えられている。硬貨に彫られているのも、彼の顔らしいよ」
そうミュンツェさんに言われ、硬貨に彫られた青年を思い出そうとする。確かに王様に似ていたような……いや、やっぱ分かんねぇわ。
「国に流れ込んでくる異種族の多さや魔石の保有量、魔法の発展、『地下街』を抱え込んでいることなどを考えても、やっぱりクラウン王国の権力は隣国と比べても大きいと思うね」
「地下街?」
語られる話の中から気になる単語を聞き返すと、ミュンツェさんは笑みを深くした。
「気になるよな。イツキはトーリスと会っただろう? 彼女はドワーフという種族だが、ドワーフはこの国の地下に街を作り、そこで生活している。噂だと、国中の至る所に地下道を掘り進めているそうだよ」
彼の言葉に驚き、俺は目を見開く。普段意識しない足元には、そんな世界が広がっているのか。
「さて、国が発展すると共に所謂良くない奴等も流れ込んできた。彼らはやがて集団となり、クラウン王国の日陰となってひっそりと蔓延るようになった。いつしか自らを『暗殺ギルド』と名乗ってね」
「暗殺ギルド……王様は、そのギルドの人達を捕まえないんですか?」
俺の疑問に、ミュンツェさんは首を振る。
「暗殺ギルドは王国でも介入できない独立した組織なんだ。襲われたら運が悪かった。この国の人達の認識はそうなってるんだよ」
ミュンツェさんの話を頭の中で整理する。
暗殺ギルドは独立した組織で、王国も介入できない。襲われたら運が悪かった……。
「……って、そんなのこっちが不利なだけじゃないですか!」
思わず大きな声を出してしまい、ティーカップに口を付けていたミュンツェさんが笑う。
「勿論、こちらだって無抵抗じゃないさ。貴族は互いに暗殺ギルドの情報を共有し合い、警戒を強めている。その中でも『死神』と『双璧の死神』は特に名が知れてるね」
「死神……」
俺はゼスの鋭く輝く鎌と、スカイルとルイーゼの大鎌と鎖鎌を思い出す。
「死神と双璧は類似点が多いから、何かしらの関係性があると言われている。どうやら私達は今、彼らに狙われているようだがね」
肩を竦め、彼はカップをテーブルに置き、ニッと好戦的な笑みを滲ませた。
「まあ、こちらもタダでは逃さないつもりだよ」
ミュンツェさんがそう言った瞬間、ドアがノックされ、俺達の返事を待たずに開けられる。
「領主様、お話し中にすみません」
慌てたように入ってきたリックは、俺達の顔を見て不安気な表情を浮かべた。
「屋敷中を探しても、コーがどこにもいないんです……!」