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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第一章 孤独の少女
7/120

7、お嬢さん






 磨きこまれたダークブラウンのブーツは、鈍く深いつやを灯し輝いており、上品に着こなされた細身のズボンが青年の足元をよりスマートに見せている。鮮烈せんれつなまでに色鮮やかな緋色の上着には華美になりすぎないほどの刺繍が刺されており、青年の持つ良さを壊さずに華を添えていた。

 細身ながらも引き締まった身体。その後ろ姿がくるりと振り返り、俺はそっと息を呑んだ。

 夕焼けのような、オレンジの髪。赤みの強いその橙色の髪は、オールバックに撫でつけられており、凹凸おうとつ一つもない綺麗な額を惜しげもなく晒している。


 厚い唇。高い鼻。くっきりと刻まれた二重など顔のパーツは中々派手であり、それらが均等に配置された小さな顔は一度見たら忘れられないような、印象深い濃い顔立ちとなっていた。

 そして、華やかな橙色の睫毛まつげに囲まれた瞳は、ピンク味がかった赤紫色をしていて。青とも桃色とも言い切れないその不思議な色合いの瞳は、まるで太陽が上がりきらない空に広がる二色が混ざり合った朝焼けのようだった。


 俺と目が合ったかなり美形の青年は、その朝焼けの瞳をふっと柔らかに細め、歓迎するように両腕を広げた。


 「初めまして。私がこの地の領主、ミュンツェ・ラルシャンリ。我が屋敷へようこそおいで下さった」


 さながらヴィオラのごとく思わず聞き惚れてしまうほどの美声が、俺の鼓膜を抵抗なくすり抜けていく。

 あまりにも煌びやかでインパクトの強いイケメンに俺が度肝どぎもを抜かれていると、青年は更に笑みを深くした。


 「どうかしたのかい?」


 「あ、いえ、その、別に……。えっと、ミュン…シャン……?」


 「ミュンツェ・ラルシャンリ。もし、君がよかったらミュンツェと名前で呼んでくれないかい?」


 聞き慣れない発音に俺が戸惑っていたのを察してくれたのか、再び名前を教えてくれた青年が屈託なく笑う。あ、この人めっちゃいい人だ。


 「えっと、俺の名前は隠神一期……じゃなくて、えとー、イツキ・カクシガミです」


 俺が名乗ると、ミュンツェさんは驚いたように目を見開いたが、それも一瞬のことで再びにこやかに微笑む。


 「カクシガミ……そうか、イツキと呼んでもいいかな?」


 「あ、大丈夫です。よろしく、お願いします」


 軽く会釈えしゃくをすると、ミュンツェさんが握手を求めるように手を伸ばしてきたので、俺も右手を差し出して握り返すと、掌越しにミュンツェさんの温もりや厚い皮の感触を感じる。

 ミュンツェさんは、俺と手を離すと今度は少女に向けて手を差し出した。


 「マドモワゼル。貴女のお名前を伺ってもよろしいですか?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は少女に名前を尋ねていなかったことに気が付き、ひっそりと聞き耳を立てる。


 「生憎あいにくですが、わたくしは貴方に名乗るほどの名を持ち合わせておりませんので」


 しかし、少女はツンと澄ましてそう言うと、組んだ腕を解くこともなく明後日の方向を向いた。

 さすがにその態度は見ていられず俺が声を上げようとすると、「イツキ」と、ヴィオラの声音が遮った。


 ミュンツェさんは笑顔の後ろに余裕を滲ませながら俺に目配せをすると、少女の元へ歩み寄りとつぜん床に片膝をついた。俺がぎょっとしていると、更にミュンツェさんは少女の組まれていた腕から手を引き抜き、その甲に口づけをした。


 「それでは、貴女のことはお嬢さん(マドモワゼル)と呼ばせていただきますね」


 あまりにも突然のことに俺が度肝を抜かれていると、顔を上げたミュンツェさんは全く動じた様子を見せない少女に向けてウィンクまでしてみせた。

 華やかな美少女の足元にひざまく煌びやかなイケメン。それはまるでその二人だけがお伽話から飛び出してきたかのように幻想的で、今すぐ画家を連れてきて一枚の絵画にしたためたいという衝動に駆られそうなほど美しい光景だった。


 「そう」


 それに対して少女は素っ気なく、照れた様子などは一切ない。それなのに顔色を変えることもなく余裕を乱さないミュンツェさんには脱帽だつぼうするばかりだ。

 その時、一瞬胸に苦い陰りが広がり、左手の小指がくすぶったような熱を持ったような気がして怪訝に思う。


 「どうやら支度が整ったようだね。どうぞ、好きなところにかけてくれ」


 しかしその疑問は立ち上がったミュンツェさんに声をかけられたことにより、一瞬で頭の中から抜け落ちていった。

 ミュンツェさんの姿を目で追うと、いつの間にか立派なローテーブルの上には高価そうなティーセットや茶菓子、軽食といったものが並べられ俺の腹は緊張で忘れていた空腹感を思い出し、軽く胃袋が締め付けられるような感覚に襲われた。


 少女がミュンツェさんと反対のソファーに腰かけたので、俺も少女の隣に腰を下ろす。互いに少しずつ身じろぎをし、気まずくならない距離感を確保してからほっと肩の力を抜く。革張りのソファーは沈み込むことなく俺の身体を包み込み、自然と姿勢が良くなるような造りとなっていた。


 「簡単なものしか用意できなかったが、よかったら是非召し上がってくれ」


 ミュンツェさんはそう言うとメイドさんが淹れてくれたお茶に口をつけ、音もなくソーサーに戻す。俺も一口飲み込んでみると、フローラルな香りが鼻腔びこうに駆け抜け芳醇ほうじゅんな味わいが舌の上を転がる。素人の俺でも分かるほど上質な茶葉を使っているようだ。ちなみに少女はお茶にも食べ物にも手をつけなかった。


 「さて、本題に入ろうか」


 俺がカップをソーサーに戻したタイミングを見計らって、ミュンツェさんが切り出す。

 その一言で、空気が一瞬ピリッと張り詰めたような気がした。


 「私が君達を呼んだのは、氷結塔ひょうけつとうの崩壊について話を聞かせて貰いたかったからだ。君達がその場に居たと報告を受けたが、何か知っていることはないかい?」


 口元に穏やかな笑みをたたえ、朝焼け色の瞳でじっと静かに見つめてくるミュンツェさん。

 俺と少女、どちらが話すかと思いながら隣をうかがうと、少女は俺と正反対の方向に顔を向けていて目を合わせようともしない。

 少女に話す気配が感じられなかったので、俺は少女に対して若干の不満を感じながら口を開いた。


 「えっと、俺は塔の近くで目が覚めて、そしたら急に氷が弾けて、塔が壊れて……。誰かいたらまずいなって思って塔の中に入ったら、えっと、彼女が中で眠ってて、で、鐘が鳴って彼女が目を覚まして、その後鎧の人が来て、って感じ、です」


 うーん、我ながらつたない説明だ。これじゃなにがなんだか全く分からない。

 ただ、意識を失う前に見た和服の人のこと、そして赤い糸のことはなんとなく言わないほうがいいような気がして俺は曖昧に誤魔化した。


 「お嬢さんが塔の中で眠っていた? それは確かなのかい?」


 ミュンツェさんの問いに俺は頷き、少女も「ええ」と肯定の意を示す。

 しばしミュンツェさんは自分の顎をつまみ、思案しているようだったが彼のこめかみに一筋の汗が流れ落ちたような気がして俺は訝しむ。


 「お嬢さん。申し訳ないのですが、少しイツキと二人っきりで話しをさせて頂きたい。しばしの間、別室にてお待ちいただけませんか?」


 やがて、考え込んだ様子のミュンツェさんからそう言われると、名指しされた俺は少し驚いたが少女は腰を上げると、ローテーブルに手をつき身を乗り出してミュンツェさんに顔を寄せた。


 「構いませんわ。ですが、くれぐれも余計なことは聞かないようにお願い致しますわね」


 「ああ、承知した」


 ゼロ距離で視線を合わせ、脅すように睨みつける少女に頷くミュンツェさん。

 その瞬間、少女の背中からずり下がった髪の毛の毛先がティーカップに入りかけたが、少女は毛先が着水する直前に髪を掻き上げると、背筋を伸ばし案内のメイドの後に続いて退室していく。


 更に、ミュンツェさんが目配せをすると、室内にいたメイドさんも全員風の間から出ていった。

 その内、一人のメイドさんが一回ワゴンを押して部屋に戻ってきたが、それをテーブルの傍に止めると再び退室していった。


 扉も閉ざされ、文字通り二人っきりになるとミュンツェさんは太腿ふとももの上に肘をついて指を組み、身を乗り出して朝焼け色の瞳を光らせた。


 「さて、ここからは男同士の話をしようじゃないか」








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