69、月夜
トーリス達と別れ、お尋ね者ばかりの酒場から出たスカイルとルイーゼは暗い夜道を、ゆっくりと歩いていた。
「あ……」
不意に、ローブを着込んだルイーゼから小さな呟きが漏れる。
「どうした?」
スカイルはすぐに振り返った。
「首飾りがない。どうしよう、折角ゼスがくれたのに」
胸元を押さえ、狼狽えるルイーゼにスカイルは「落ち着け」と声をかける。
「店に落としたんだとしたら店主が気付かないはずはない。ここに来るまでの道を探してみよう」
「うん」
頷くルイーゼの瞳が月光を反射してキラリと輝く。すぐにスカイルの瞳も光り輝いた。
獣人の特徴の一つである、『夜目』は動物と同じように暗闇の中でも物を見ることができる。
二人は目を凝らして、夜道を歩いていった。
「……ねぇなあ」
「もしかしたら、襲った時に落としたのかも」
「じゃあ、ちょっと遠いが一応見に行ってみるか」
がしがしと頭を掻いたスカイルが、上体を落とし一歩を踏み出す。
次の瞬間、灰色のローブの姿が掻き消え、寝静まった王都の夜道に風を切る音が木霊す。
彼に並走し、ルイーゼは王都の街並みを疾走した。
王都から少し出たところに、戦闘の痕跡が月光に照らし出されている。
「馬車は片付けたみてぇだな」
足を止め、スカイルが辺りを見回しながら呟く。
しかし幾ら探しても、首飾りは見つからなかった。
「どうしよう……」
しゅんぼりと項垂れるルイーゼに近付いたスカイルは、彼女のフードを落とし頭の上から何かをかけた。
「これ……」
「トーリスに新しいのを作ってもらうまでは、オレのを貸してやる」
ローブの上で銀色に輝くペンダントに目を見開いたルイーゼが顔を上げると、スカイルはニッと笑って彼女の頭を乱暴に撫でた。
「そう落ち込むな。こっそり作ってもらえばゼスにはバレねぇよ」
「……そうだね」
ぼさぼさになった頭を押さえて、無表情だった少女の顔に淡い笑みが浮かぶ。
二人のシルエットを、月光は静かに照らした。
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男達が談笑し、下卑た笑い声を上げる。
両手と両足を鎖に繋がれたルコレは、じっと静かに地面に視線を落としていた。
彼の身体には幾つもの痣ができ、暴行の痕が見受けられる。ルコレがペッと唾を吐き出すと、地面に濁った唾液が付着した。
その時男達が静かになり、奥から一人の男が進み出てくる。
「おー、ルコレ。どうだい、ギルド式の拷問を受けた気分は」
「……最悪だよー」
ルコレの前に立ったゼスは、ニヤッと口角を吊り上げた。
「そうか。まあいい。お前、そろそろ独りぼっちにも飽きてきたろ」
「……何が言いたいの?」
ルコレが胡乱気な眼差しを送ると、ゼスは更にニヤニヤと唇を緩める。
「いや、なに。お前をお姉ちゃんと会わせてやるよ。姉弟の感動の再開だ」
「っ‼ コーに、コレルに手を出すな‼」
ガシャガシャと鎖を鳴らし、ルコレは声の限りに叫ぶ。
ゼスは哄笑を上げると、「待ってろ。俺様がお前のためにコレルを連れてきてやるからな」とさも楽し気に瞳を輝かせた。
「お前……っ!」
ゼスを睨みつけるルコレのワインレッドの瞳が、妖しく光り輝く。鎖から、メキッと不穏な音が響いた。
刹那、ドサッという重い音が次々に響き、ゼスが勢いよく振り返る。
「誰だ!」
鋭く訊ねた彼の膝から力が抜け、ゼスがルコレの前に倒れる。
カラン、と乾いた音がした。
「……誰?」
ルコレの声に、カラン、コロン、カランと乾いた音が連続して響き渡る。
やがて隙間から差し込んだ月光の中に、真っ赤な傘が浮かび上がった。
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俺達は途中で休憩も挟みながら、三日でミュンツェさんの屋敷に辿り着いた。
いつの間にか兵士さん達の馬車は置いて来てしまったようで、すっかり姿が見えなくなっている。
ベネが屋敷の前で馬車を止め、俺達は外に降りる。
地面に足が触れると、今まで振動のある中にいた為か、なんだか変な感じがした。
俺が伸びをしてると、屋敷の中からメイドさんが飛び出してきた。
「旦那様!」
「ただいま。遅くなって悪かったね」
慌てた様子の彼女に、ミュンツェさんが落ち着かせるように声をかけると、メイドさんは息を整えてから「お帰りなさいませ」と頭を下げた。
「城で屋敷が襲われたと聞いた。被害は?」
「庭園が踏み荒らされ、窓硝子が数枚割られました。幸いすぐに兵士達が捕らえましたが、近くにいた執事長が怪我を……」
「彼が?」
被害を聞いていたミュンツェさんが息を呑む。俺も目を見開いた。
「怪我自体はそれほど大きくないのですが、目の近くでしたのでしばらく安静にするように伝えてあります」
「そうか、分かった。他の皆は無事か?」
「はい。ただ、襲われた時に丁度リクエラが来ていて、危険なのでそのまま屋敷に引き留めております」
「了解。私は中に入るが、彼をもてなしてあげてくれ」
そう言ってベネを示すミュンツェさんに、少年がビクッと肩を跳ねさせる。「畏まりました」とメイドさんが頷き、ベネの案内をする声が聞こえてきた。
俺は中に入っていくミュンツェさんの後ろについていく。
「イツキ。私は執事長の様子を見に行くが、君も来るかい?」
「はい!」
ミュンツェさんに頷き、俺達は急いで屋敷の中を移動した。