67、密談
「あ、そうだイツキ。これミュンツェ様の馬車のとこで見つけたんだけど、イツキ達の物?」
不意にベネがポケットから何かを取り出し、俺に差し出してくる。
それを受け取り、俺は首を傾げた。
それは三日月のような形をした銀色のペンダントのようだった。しかし、紐の一部が切れてしまっている。
「なんだろうな、これ。まあ、俺が預かっとくわ」
「分かった」
俺はペンダントをブレザーのポケットに突っ込む。
途中で暴れ馬を馬車に繋ぎ、一緒に戻ってきた俺達を見て、ミュンツェさんが自分のことのように顔を綻ばせた。
「イツキ。どうやら仲直りはできたようだね」
「はい。お陰様で」
こそっと俺に耳打ちしてきたミュンツェさんに頷き返し、俺は不思議そうな顔で見返してきたベネに「なんでもない」と言う。
「そう? あ、準備できましたので、お乗り下さい」
ベネに促され、俺達は木でできた馬車の中に乗り込んだ。
中は座席も木になっており、所々ささくれが見える。ミュンツェさんの馬車と比べてしまうとグレードこそ確かに落ちてしまうだろうが、とにかく早く屋敷に帰りたい今は地獄に垂らされた蜘蛛の糸のようにありがたい代物だった。
「ベネ君。領地までの道は分かるかな?」
「はい、近くまでは何度か行ったことがあるので。多分大丈夫だと思います」
御者台にミュンツェさんが呼びかけ、外からくぐもったベネの声が聞こえてくる。
「結構揺れるので、気を付けて下さい。それじゃあ、出発しますよ」
ベネの声が聞こえた瞬間、ガタンという音と共に馬車が動き出す。
最初は小さな揺れだったが、段々と大きくなる揺れに不安が募っていく。
「え? 大丈夫、これ?」
思わず口に出した途端、外から暴れ馬の嘶きが聞こえ、座席で尻がバウンドするような激しい揺れに襲われた。
「~~~~~⁉」
口を開くと舌を噛みそうで、俺が声にならない悲鳴を上げていると、「大丈夫ですかー?」とベネの呑気な声が聞こえてきた。
「このままラルシャンリ領まで向かいます。しっかり掴まっててください」
ベネの声と同時に、更にスピードが上がる。
俺達の馬車はそのまま街道を疾走し、無事に兵士さん達の馬車と合流して彼らを置いて先を突っ走るというなんとも無茶な帰り道だった。
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夜も更けた酒場で、男達の目は一人の美女に釘付けになっていた。
癖のついた鳶色の髪をゆるく纏め、零れた後れ毛がうなじを際立たせている。褐色の小さな身体を包むのは、目も眩むような真っ赤なドレス。豊かな胸元が垣間見える胸部や、彼女が足を組むと、スリットから覗いた艶めかしい美脚に、男達がゴクリと生唾を飲み込む。
彼女が席を着くと同時に、店主が彼女に合わせた小さなグラスに琥珀色の液体を注いで、彼女の目の前のカウンターに差し出した。
彼女はグラスを呷り、紅を刷いた唇の中に転がり込んできたそれを噛み潰して、ほうっと溜息をつく。彼女の一挙一動に魅入っていた店中の男達の口からも一緒に溜息が零れ落ちた。
その時、店に入ってきた男が無遠慮に美女の隣に腰掛け、男達から針のような鋭い視線を送られる。
男を睨んでいた男達の内の一人が彼の藍色の三角の耳に気が付き、ギョッと息を呑んだ。
「おい、あいつ死神だぜ……!」
「マジかよ!」
「死神って、あの死神か⁉」
途端、ざわざわと騒めきだした店内に、男は満足したような笑みを浮かべた。
「でも俺、この前死神が特大の依頼を失敗したって聞いたけど、本当かな?」
「え! 一回も依頼を失敗してこなかったあの死神がか⁉」
「おいおい、まじかよ」
しかし、別の男の発した呟きに先程とは違う意味で騒めきだした店内に、男が不機嫌そうに男達を振り返ると、男達は震え上がった。
その時、店に入ってきてから一言も喋らなかった美女が、くつくつと笑い声を上げる。
「大分噂になってるみたいだな。お前が仕事をしくじったこと」
「うるせぇ。トーリスだって、毎回毎回派手な恰好しやがって。お陰で目立って仕方ねぇ」
トーリスと呼ばれた美女は、さも心外だと言いたげに方眉を跳ねさせた。
「おや、ゼスだってお尋ね者のくせに、毎度毎度自慢するように素顔を晒してるじゃないか。そんなに目立つのが嫌ならあの子達みたいにローブでも着込むんだね」
彼女がそう言い振り返った瞬間、店の中に灰色のローブを着込んだ二人組が入ってきた。
トーリスが店主に頷いて見せ、店主はカウンターの後ろの扉を開ける。
カウンターを飛び越して次々に扉の中に入っていった四人の様子に、男達が「トーリスが仕事を始めるぞ!」と湧き立つ。
扉をしっかりと閉め、信用のおける店主に仕事をしながら見張りに立ってもらい、ようやく二人組はフードを外した。
「おい、スカイル、ルイーゼ。なんだ、その情けねぇ面は」
露わになった少年と少女の顔に、ゼスがピクッと眉を寄せる。
スカイルは前にも増して顔のガーゼが増え、ルイーゼは頭に包帯を巻いていた。
「まあまあ、その話はいいだろ」
三人の間にトーリスが割り込み、カツンとヒールを鳴らした。
「それじゃあ、情報屋として仕事を始めさせてもらうよ」