62、襲撃
自分のせいで、あの子が傷つけられている。
あの子が怒られている。罵られている。殴られている。
理不尽な暴力が、暴言があの子を襲い、傷つける。
それを目の当たりにし、自分の中で何かが切れる音がして。
視界が真っ赤に染まった。
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薄暗い部屋の中、闇が形を作ったように一人の人物が進み出る。
大きなフードを深く被った、分厚い黒のロングコート。今は裾やフードに隠れていて見えないが、その下には指先から鼻の下まできっちりと白い包帯が巻かれている。
「……あの方からのお言葉だ」
フードの下から、掠れて今にも消え入りそうな声が発せられた。
「……ラルシャンリ家の馬車に乗っている金髪の少女を攫ってこい、とのことだ」
「生死は?」
間髪入れずに、低い少年の声が聞き返す。
「……問わない」
「そりゃ助かる。よかったな、今回は楽な仕事だぜ?」
少年の声が、隣の少女に投げかけられる。
「楽かどうかはやってみないと分からない」
「かーっ! 真面目かよ!」
静かな少女の声に、少年が大袈裟な仕草で片手で顔を覆った。
「そもそも、スカイルは仕事が雑。いつも生け捕りの仕事を死なせちゃうのは、スカイルのせいでしょ」
「だって仕方ねぇだろ? 人って案外呆気なく死んじまうんだもん。文句あんならルイーゼが前衛に出ればぁ?」
「ボクは前衛向きじゃない」
少年と少女の口論を静かに待ち、フードの人物は口を開く。
「……依頼は以上だ。引き受けてくれるか?」
「「了解」」
二人の声が揃い、瞬きをした瞬間その姿が掻き消える。
フードの人物は彼らを見送ると、静かに闇の中に紛れていった。
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ミュンツェさんの屋敷が襲われたという知らせが城に届き、俺達は予定を早めて馬車を走らせていた。
「悪いが今は一刻も早く屋敷に戻ることを優先させてもらう。このまま馬を乗り継いで夜通し走り続ければ、四日ほどで屋敷に着くはずだ」
「分かりました」
ミュンツェさんに頷き、俺は屋敷の人のことを脳裏に思い浮かべた。
リック、コー、執事長さん、執事さん達、メイドさん達、皆無事だろうか。
窓の外を見ても、まだ王都を出たばかりで気ばかりが急いてしまい、俺は落ち着こうと深呼吸をした。
その瞬間車体が傾き、俺は壁に叩きつけられ、同じく倒れ込んできたメリアを受け止めた。
「なっ!」
そのまま馬車は完全に横倒しになり、馬の嘶きが耳に届く。
「イツキ、お嬢さん! 二人共無事かい⁉」
ミュンツェさんの声に目を開けると、下になった窓の上に膝をついた彼の姿が視界に映った。
「……もう大丈夫ですから、その手を離していただけません?」
「あ、悪い」
咄嗟に掴んだままだったメリアの肩を離すと、彼女はミュンツェさんの隣に足を伸ばした。
俺も起き上がり、肩の痛みに顔を顰める。頭は反射的に上げていて打たなかったが、代わりに肩を強打した。これは絶対痣出来るやつだ。
ひび割れた硝子の上に足をつき、座席に手を添えながら上下感覚が狂いそうな車内で目を瞬いた。
「な、何があったんですか?」
「分からない。とにかく、外に出よう」
今は天井になっている扉に手をかけ、ミュンツェさんが力を入れると少し軋んだ音をたてて扉が開かれた。少し歪んだだけで済んだようで、このまま中に閉じ込められなかったことに胸を撫で下ろす。
まずミュンツェさんが外に出て、次にメリア、最後に俺が扉の縁に手をかけて身を乗り出し、足をかけて外に脱出すると、辺りはかなり悲惨なことになっていた。
馬車の車輪は片方が外れて近くに転がっている。破片が辺りに散らばり、手綱が絡まった馬がもがいて暴れ、その近くに御者さんが倒れていた。
「大丈夫か!」
すぐにミュンツェさんが駆け寄り、御者さんの傍らに片膝をつく。
「イツキ、手伝ってくれ!」
「はい!」
彼に呼ばれ、俺はすぐに駆け寄る。
御者さんは足を押さえて呻き声を上げており、玉のような汗が幾つも額から流れ落ちていった。
「ここは馬が興奮していて危ない。取り敢えず彼を運ぼう」
「分かりました」
ミュンツェさんの指示に従い、御者さんにミュンツェさんと一緒に肩を貸す。
一歩一歩ゆっくりと進み、馬から十分離れた場所に彼を横たわらせて、いざ御者さんの容体を診ようとした刹那、視界が陰り俺は空を見上げる。
その瞬間、空中から舞い降りた人影がメリアに向かって何かを振り下ろした。
それに気付いたメリアが飛び退り、日の光に反射した刃が空を薙ぐ。
「およ?」
ひょうきんな声を出し、その少年はくるりと宙で一回転してメリアが居た場所に着地した。
乱れた髪は乱雑に切られており、青空を切り取ったような印象的な水色をしている。同色の瞳を持つ目はツリ気味で、所謂猫目というやつだろう。いかにも活発そうな顔立ちの顔面には、幾つものガーゼや湿布が貼られている。
切り落とされた袖から伸びる腕は筋肉が盛り上がり、右腕の二の腕には包帯が巻かれており、ズボンの裾も脛まで捲られている。肩に担いでいるものは、目を瞠るほどの大きな大鎌。三日月のように曲がった刃が、ぎらりと怪しく光り輝く。
そしてその頭の上には三角の耳が生えており、ズボンの中からも水色の尻尾が伸びていた。
「なーんか、聞いてた話より人多いな」
すっくと立ち上がった少年は猫背でありながら以外と背が高い。下手したらミュンツェさんよりも高そうだ。
「まー、いっか。全員殺しちゃえばっ!」
物騒なことを口にし、少年は大鎌を振り上げた。
三章に入りました。
今まで読んでくださった方、これからも引き続きよろしくお願いいたします。
このお話から読んでくださった方、ありがとうございます。これから、よろしくお願いいたします。