61、頑張ったね
さあ、起きて下さい。
あの人の手を取って、引き寄せる。
ダンスを踊りましょう?
両手を握り、足を踏み出す。
いち、にー、さん、しっ。いち、にー、さん、しっ。
二つの足がゆったりとしたステップを刻み、身体がくるりと回る。
不意に足がもつれ、床に膝をついてしまった。
ああ、転んでしまった。
……転んじゃった。
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王女の告白に、俺は何といっていいのか分からずに黙っていた。
ずっとおかしいと思っていた。王妃として王女が話しかけていたのが人形だったことも、国王がまるで王妃が人間のように話すことも。
「あははははは!」
不意に甲高い笑い声が部屋の中に木霊し、俺達は驚いてきょろきょろと部屋を見回す。
「下よ!」
という声がし、床に目を落とすと王女の影がゆらりと動いた。
「きゃあっ!」
短い悲鳴を上げて影から飛び退く王女。
その影が意思を持ったように起き上がり、色や輪郭を宿していく。
やがてそこには、王女と瓜二つの少女が立っていた。
髪型や顔立ち、ドレスやリボンまで全く同じ少女に、俺達は目を見開く。
「アタクシは見ての通りアレスティアの影よ!」
「ワタクシの、影……?」
堂々と胸を張る影に、王女が戸惑ったような視線を送る。
「貴女の魔力は生まれたときからずっと影に流れ込んでいて、アタクシが出来たの! だからアレスティアは王族にしては魔力が少ないのよ」
「ちょ、ちょっと!」
秘密を暴露された王女が、慌てたような声を出す。
俺はふと思い当たる節があった。
「もしかして、一昨日の夜に俺の部屋の中に来たのって?」
俺の問いに、影はにぃっと見覚えのある笑みを浮かべた。
「あったりー! まあ、イツキと最初に会ったのは傭兵団の試験でホールに居た時だけどね」
「貴女、何をやっているのです!?」
明るく言い放った影に、王女が真っ赤な顔をして怒鳴る。そういえば、ベネに闘技場に連れていかれる前も、ピンク色の縦巻きを見たんだった。
「あら、アタクシの行動は、全部アレスティアの望みよ」
しかし、影の言葉に王女は息を呑んだ。
「アタクシは言わばアレスティアの『眷属』みたいなものね。あとは『本音』? 貴女、イツキに興味あったんでしょ? だからアタクシはイツキの様子を見に行ったのよ」
「な、な、なっ!」
王女の顔から引いていた赤みが、再び戻ってくる。ちらっと横目で見られたが、俺は視線を合わさないようにした。
「でね、今アタクシが出てきたのは、アレスティアをよしよししてあげるためなのよ!」
そう言うなり、影はしゃがんでアレスティアの頭に手を置いた。
「アレスティア。いっぱい頑張ったね。アタクシは全部見てきたから知ってるよ」
影に頭を撫でられ、王女は目を見開く。
「お母様を喜ばせる為に頑張って勉強もお稽古もして、お父様の為に話を合わせて研究も始めて、頑張ったね。辛かったね」
「そんな……自分に言われても、何も嬉しくありませんわ……」
「だからこその、イツキの出番だよ!」
「俺!?」
急に矛先を向けられ、俺は思わず自分を指差す。
「ほらほらアレスティア、遠慮なく全部言っちゃいなよ。アレスティアが本心を口にしないまで、アタクシは戻らないわよ」
「~~~~~っ! 分かりましたわ!」
声にならない声を上げた王女が、腹を括ったように叫ぶ。
「ワタクシは確かに努力はしてきました! ですが、それはワタクシが人より劣っていたからにすぎませんわ。それに、ワタクシは、お母様に褒めて頂きたいという下心があって、勉強にもお稽古にも取り組んできました。ワタクシの努力は、手放しに喜ぶことができるものではありません」
「それに」と続けた彼女は、顔を伏せた。
「ワタクシは、お父様の嘘を守るためとはいえ、メリア様に血を求めてしまいました。お母様はもういらっしゃらないのに、ワタクシは、ドラゴンの血という言葉に惑わされて、メリア様に血を流すよう求めてしまったのです……!」
俯き、王女の声が段々と小さくなっていく。
俺は息を吸い込んで口を開いた。
「王女様は、本当に頑張ってきたんですね」
俺の言葉に、彼女が勢いよく顔を上げる。
「あ、いえ、影の王女様がそう言ったからではなく、純粋に王女様の言葉を聞いて、本当に頑張ってきたんだなと思ったんです。だから、そんなに自分を責めないでください。王女様は、自分で思っている以上に凄い人です。それは俺も、影の王女様も、王様も、皆知っています」
俺が話していくほど、王女の目から静かに涙が零れていく。
「……てください」
「え?」
小さく呟かれた声に、聞き返す。
「……頭を、撫でてください」
王女がそう呟き、じっと俺を見つめてくる。
俺は少し躊躇いながらも恐る恐る手を伸ばし、彼女のローズピンクの頭の上に手を乗せた。
その瞬間、今までと比べ物にならない量の涙が王女の瞳から流れ始め、彼女はそのまま嗚咽を漏らして泣いた。
いつしか影はいなくなり、俺は妹にしてきたように彼女の頭を撫で続けた。
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俺達が王妃の寝室から出ると、「イツキ様!」と突然名前を呼ばれて顔を上げる。
俺を見つけたメイドが駆け寄り、息を切らしながら告げた。
「只今連絡があり、ミュンツェ様のお屋敷が、何者かに襲われたようです!」
このお話で二章は終わりとなります。
引き続き、三章もよろしくお願いいたします。