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どうやら俺の赤い糸はドラゴンに繋がっているらしい  作者: 小伽華志
第二章 幻想の姫君
59/120

59、一、二、三、四。






 翌朝、朝食を摂りながらいつものように執事さんが予定を上げていく。


 「本日、ご予定は入っておりません。お城の出発ですが、本日はまだ準備が残っているため明日になるだろうとのことです」


 「分かりました。あの、ちょっと早いですが何日もありがとうございました」


 丁度食事を終えたので、椅子から立ち上がってお礼を伝えると驚いたように目を見開いた執事さんやメイドさん達が、柔和な笑みを浮かべた。


 「ご丁寧に、ありがとうございます」


 その場にいた全員が、そろった動きで綺麗なお辞儀をする。

 その後、食器を下げてもらって部屋でくつろいでいると、ドアがノックを伝えてきた。


 「はい、どうぞ」


 立ち上がって声をかけると、外からドアが開けられた。


 「王女様?」


 そこに立っていたのは、王女だった。

 満面の笑みを湛えた彼女は、「イツキ!」と突然呼び捨てで手招きをしてくる。


 少し驚きつつも近付くと、王女は俺の手を握って廊下を走り始めた。


 「え、わ! ちょっ」


 随分と冷たい手だ。

 つまづきながら彼女の速度に合わせて必死に足を動かすと、複雑な通路を迷うことなく駆けていた王女が唐突に俺の手を離す。


 足を止めて軽く乱れた呼吸を整えていると、くるりと振り返った王女は後ろ向きに歩きながらあるドアの前でスゥッとその姿が掻き消えた。


 「え!?」


 俺は驚愕し、思わず繋いでいた手を見つめる。確かに目の前に居たはずなのに、触ったし、声も聞いたのに、まるで幽霊のように消えてしまった。

 ドアの前まで進み、その扉を見上げる。


 「ここって……」


 確か、王妃様の部屋じゃなかったか?

 その時、中から物音が聞こえてきて、俺は一瞬迷ってからドアをノックした。


 「あの、誰かいますか?」


 「うむ。入るがよい」


 聞き覚えのある、あまりにも違う口調に目を見開き、俺は覚悟を決めてドアを開ける。

 ふわっとそよ風が顔を撫で、カーテンがはためく中、ベッドの天蓋てんがいの前に先程消えたはずの王女が立っていた。


 「よく来たな」


 彼女の尊大な物言いに面食らう。いつものはきはきした朗らかな雰囲気とは一変した、威圧感を漂わせながら王女はついっと指を差した。


 「扉を閉めよ」


 指図を受け、俺は慌ててドアを閉める。

 コツコツという足音を耳が捉え、顔を戻すとすぐ目の前まで王女が進んでいた。


 「ほぉう? そうか、お前が」


 彼女は腕を伸ばして俺の顔を掴む。すぐ近くに整った顔立ちが迫っているのと、顔が固定されていることで後ろに下がれないことから、俺はどぎまぎして思わず目を逸らそうとした。

 しかし、すぐ近くに迫った彼女の瞳が、ピンク色から深紅の薔薇のような赤に変わっていることに気付き、目を瞠った。


 王女はじろじろと無遠慮な視線を送り、満足したように俺の顔を解放する。


 「なあ、お前。馬鹿馬鹿しいと思わないか?」


 不意に王女に話しかけられ、俺はギョッとしながら「何がですか?」と訊ねた。


 「何って決まっているだろう? お人形遊びをしているこの城の奴等全員だよ」


 俺に背を向けて天蓋てんがいを捲った王女は、ベッドに横たわっていたそれを起こし、ベッドから降ろす。

 それを抱きかかえて部屋の中央に進んだ少女は、膝を折ってお辞儀をすると、ゆっくりとステップを踏み始めた。


 「弱虫な王も。甘ったれの王女も。そいつらに逆らえないこの城のやつらも全員、馬鹿げてる」


 彼女がステップを踏むたび、それからキィキィと甲高く軋む音が鳴り響く。

 彼女のステップは一定で、いつしか俺は頭の中でリズムを刻み始めた。


 一、二、三、四。一、二、三、四。一、二、三、四。一、二、三、四……。


 ゆったりと優雅にダンスを踊っていた王女は、それの手の下でクルリと回ると、それを抱き締めて俺の方を振り返った。


 「だからイツキ。お前がこの世界を変えるんだ。お前には、その力があるんだよ」


 「俺に……力って……?」


 彼女の言葉に戸惑い、聞き返すと彼女は少し切なげな笑みを瞳に宿した。


 「残念ながら今日は時間切れだ。また会おう」


 そう言った瞬間、彼女の瞼が落ち、がくりと身体から力が抜けて床にしゃがみ込む。


 「王女様!」


 慌てて俺が駆けつけると、すぐに目を開けた王女はツツジ色の瞳で自分が抱いているものを見ると、悲鳴を上げてそれを突き飛ばした。

 床に叩きつけられたそれの手足が、あり得ない方向に曲がる。


 『ローレンティア』という文字が胴に彫り込まれた木製の関節人形から身を引いた王女は、混乱したように髪を掻き毟った。


 「どうして、どうして、これはちゃんとベッドに置いておいたはずなのに、どうして!」


 彼女の手の指の間に、引き抜かれたピンク色の髪の毛が挟まっているのを見て、慌てて手を掴んで止めた。


 「落ち着いてください! 王女様!」


 「あ……」


 両手を掴み、必然的に近づいた距離で大声で呼びかけると、彼女はハッと我に返り、見る見る内にツツジ色の瞳が揺らいで、目の縁から涙が溢れ出す。


 「……ワタクシっ、ワタクシ、知っていたんです」


 しゃくり上げながら話し始める王女から、俺は手を離した。


 「お母様がもう亡くなっていることも。お父様が人形をお母様だと信じ込んでいることも、全て、知っていたんです……」







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